「し」と「る」「たる」(1) 最近福原滉子さんの歌集鍵『縁覚』を読んだので、巻頭の「山荘の秋」より、その作品をまず材料として取り上げることとする。 むべの蔓払へば明るくなりし窓ひそかに遊ぶ鳥かげの見ゆ 草取りてあらはになりしひとむらの萩に夕べの光射し来ぬ 野葡萄の黒ずみし実にしづくして冷たき雨は二日つづきぬ 雨あとの月の光に紫蘇の実が匂ふと言ひし母思ひをり 上の四首は、それぞれ回想の助動詞「き」の連体形「し」を用いて「明るくなりし」「あらはになりし」「黒ずみし」「匂ふと言ひし」と表現している。ところが過去を回想しているのは、四首目の「匂ふと言ひし母思ひをり」の歌だけで、あとの三首は、どれも現在の様子を詠んでいる、だから「明るくなれる」あらはになれる」「黒づめる」と完了、存続の助動詞「り」の連体形「る」を使うこともできるし、「明るくなりたる」などと同類の助動詞「たり」を使うことも可能である。