八代目 橘家 圓蔵(たちばなや えんぞう、1934年〈昭和9年〉4月3日 - 2015年〈平成27年〉10月7日)は、日本の落語家。本名:大山 武雄(おおやま たけお)。生前は落語協会所属。出囃子は『虎退治』。 前名の五代目月の家圓鏡としても広く知られていた。 来歴・人物[編集] 東京府東京市(現在の東京都江戸川区)平井に生まれる[1]。生涯を通して平井に在住していたため、「平井の師匠」という通り名があった[1]。 家業の紙芝居屋を経て[2]、1952年12月14日、4代目月の家圓鏡(のちの7代目橘家圓蔵)に入門。橘家竹蔵との前座名を与えられる。 1955年3月に金原亭馬太郎とともに二ツ目に昇進し、橘家舛蔵と改名。1965年3月に真打に昇進し、5代目月の家圓鏡を襲名。7代目(自称5代目)立川談志を兄貴分として信頼し[注釈 1]、談志、5代目三遊亭圓楽、3代目古今亭志ん朝とともに「落語四天王