成功事例もなければ、資料もない。養殖箱を寝床に持ち込み、交尾回数をメモした。孵化の状態を見るために顕微鏡を買い、その様子をスケッチし続けた。温度や湿度の違いで成長がどう変わるのか、毎日データを記録した。あらゆる葉を飼料として与えてみた。時にはコーヒー豆やブドウの葉を、馬糞や牛糞を与えたこともあった。小さな娘は、そんな父の姿を見て言った。「お父さんが、かたつむりを飼いはじめたよ!」。 すべて独学だった。「エスカルゴの養殖を成功させたい」という執念。小さな手がかりでも何か得られると聞けば、何度もフランスへと足を運んだ。フランスの森の自然環境を再現した養殖棟は、いつしか鉄工所の広さと同じほどの規模に拡大していった。鉄工所の経営者は、自分の手づくりで養殖棟を組み上げていた。養殖実現のために投資した金額は、これまでに約7億円。鉄工所で得た利益をほとんど費やしてきた。「社長は何をやってんだ!」と鉄工所