シリコンバレーで独立したのが一九九七年五月一日だったので、とうとう十年という歳月が流れていったことになる。 九七年三月末、「ようやく会社を辞める決心がついたので、退社の意向を私のボスに伝えるために明日東京に向かうことにした」と書き、本誌編集部に送った。本連載第八回 (『シリコンバレー精神』所収)のことだった。退社についてのボスとの話し合いの結果にかかわらず、そんな私の文章が載った雑誌は四月中旬には出てしまう。今から考えれば無謀なことをしたものであるが、そのときの私にとっては、その文章を「書くこと」が、独立に向けて「退路を断つ」儀式だったのである。 十年前に私は、なぜ「独立したい」と強く願ったのだろうか。 むろん理由は一つではない。勤めていた大組織の階段を上るにつれ、会社の経営がじつに政治的に行なわれているのが見えてきたこと。「自分にも何かできるのではないか」という「シリコンバレー病」