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映画と宮台真司に関するsakstyleのブックマーク (4)

  • 「近い者が勝つ」過去を舞台に「遠い者が勝つ」という昨今の意味論を持ち込む - MIYADAI.com Blog

    MIYADAI.com Blog (Archive) > M2Jpop批評(TBSラジオ)のオンエアは1月4日。予告編的な文章を書きました « [videonews.com] マル激トーク・オン・ディマンド更新しました | 出でよ、新しき知識人  「KY」が突きつける日的課題 » ─────────────────────────────── 「近い者が勝つ」過去を舞台に「遠い者が勝つ」という昨今の意味論を持ち込む インチキ・ノスタルジー映画の典型を『Always 続・三丁目の夕日』に見出す ─────────────────────────────── ■親友という概念が変わりつつあることを書いたのは十年ほど前だろうか。何でも打ち明けられる相手を親友と呼ぶ。それが我々の言葉遣いだ。ところが、気がつくと、自分がどう思われるかを最大限気を使わなければならない大切な相手のことを、親友と呼ぶよ

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    sakstyle 2007/12/16
    近い者よりも遠い者(の方がよりよい・深い関係が築ける)という現代の価値観→時間の蓄積が重視されない・関係性の脱落としての『恋空』
  • 大ヒット映画に対する出鱈目な批評の横行に文句が言いたい! - MIYADAI.com Blog

    MIYADAI.com Blog (Archive) > 大ヒット映画に対する出鱈目な批評の横行に文句が言いたい! « 慶應義塾大学Open Research Forum 2007メインセッションに登壇します | [videonews.com] マル激トーク・オン・ディマンド更新しました » ■当たり前だが、映画と演劇の別を問わず、芝居の享受には凡そ目に見えない前提が張り付いている。以前、平田オリザのワークショップに即してそのことをこの連載でも書いた。芝居の享受とは「見立て」だ。それを可能にするのは、知的・身体的・感情的な共通前提なのだ。 ■キャッチボールの集団パントマイムより長縄飛びの集団パントマイムが容易だ。理由は、長縄飛びのほうが、小学校の標準カリキュラムに組み込まれていることもあって、キャッチボールよりも相互に身体的な共通前提を当てにできることがあるからだ。が、それだけではない。

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    sakstyle 2007/11/23
    「ここではないどこかへ」から「ここの読替(=欲望・潜在意識の書換、自己啓発)」へ。/(ウェーバーは)最終目的が単なる社会システムへの適応に過ぎないことに、近代の閉塞を見出し、悲観した。
  • MIYADAI.com Blog - 映画『レベル13』批評:贖われることのないソーシャルデザインの地獄をどうするか?

    MIYADAI.com Blog (Archive) > 映画『レベル13』批評:贖われることのないソーシャルデザインの地獄をどうするか? « 間もなく弟子たち(鈴木弘輝・堀内進之介)との共著『幸福論--〈共生〉の不可避と不可能』が出ます | 思想塾スタッフの鈴木弘輝・堀内進之介両名が、朝カルで1回の講座を開きます » ■映画が始まる。荒い画質といい、照明の杜撰といい、個々のエピソードのワザとらしさといい、8ミリ映画を撮っていた30年前を思い出す。如何にも学生映画っぼい。製作者の意図にかかわらず観客は「映画に過ぎぬ」という事実を突きつけられ、高見から見物する。 ■レベル1、レベル2、レベル3…。課題が与えられる、クリアする、もっと凄い課題が与えられる、クリアする、もっともっと凄い課題が…。そんな繰返しが予想できる。そう、如何にも素人映画っぽい脚だ。『ブレアウィッチ・プロジェクト』みたいな

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    sakstyle 2007/03/18
    オブジェクトとメタの最終階梯に大ボスがいるという『マトリックス』的モチーフを拒否し、設計者と被設計者の相対的関係が循環・リゾーム状に錯綜する/この地獄は『マトリックス』にも『オールドボーイ』にもない。
  • MIYADAI.com Blog - ノスタルジーブームに見逃された盲点があることを指摘しました。

    MIYADAI.com Blog (Archive) > ノスタルジーブームに見逃された盲点があることを指摘しました。 « マル激トーク・オン・ディマンド更新しました。 | 天才アーキテクト神成淳司氏との共著『計算不可能性を設計する』まもなく上梓! » 【パトリは「匂いのある町」ではない】 ■先日、ある映画家に「パトリとは何か」と訊かれた。彼は和歌山県の田舎出身で、地元が嫌で嫌で悶々としながら育ち、高校を卒業するや上京したらしい。そんな彼にとって、私が「パトリ」を巡る文章を量産するのが、長らく不可解でならなかったという。 ■ところが最近、故郷の同窓生と電話で話す機会があり、かつて存在したものが次々失われたことを聞いた。故郷に帰って、いつも侵入して泳いだ学校のプールが、厳重に管理されるようになったのを知った。「それがね、確かに欠落感を感じるんだ」と彼は述懐した。 ■昨今のノスタルジー・

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    sakstyle 2007/03/15
    共同身体性をモチーフとする映画『絶対の愛』『明日、君がいない』『鉄コン筋クリート』の差異/ムラーリ・K・タルリ監督『明日、君がいない』(06)が面白そう
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