スペクタクルとしての動物──動物園というイデオロギー装置 | 松浦寿輝 Animal Spectacle: The Zoo as an Ideological Apparatus | Matuura Hisaki けだものが脱走する 一八五〇年三月二〇日の夜更け、パリ植物園附設の動物園(La Ménagerie)の檻から、一頭の巨大な狼が脱走する。鎖を引きちぎり庭園の暗がりの中に駆けこんだ獰猛な野獣を捕獲すべく、銃で武装した捜索隊がただちに編成される。だが、現在のように至るところ庭園灯で煌々と照明されているわけではない時代のことでもあり、真夜中のパリ植物園に潜む一頭の獣を松明をかざしながら捜し回るのはなかなか容易なことではない。こんもり茂った木立や池、深い排水渠、アトラクション用の迷路などがあちこちに配置されているこの庭園の変化に富んだ地形が捜索をいっそう困難にする。ようやく二時間後、四方