互いの傘を外側に傾けてすれ違う「傘かしげ」やこぶし一つ分腰を浮かせて席をつくる「こぶし腰浮かせ」は代表的な江戸しぐさ。公共広告機構(現ACジャパン)で取り上げられたとき、ふっとやさしい気持ちになった。 江戸時代は約260年という長い間、一度も戦争のなかった世界でも類例のない時代である。と同時に、江戸は100万人もの人口が密集する当時世界一の大都市でもあった。 「江戸しぐさ」は、そうした特殊な時代に暮らす人々から生まれた生活行動の規範である。 もとは「商人しぐさ」とか「繁盛しぐさ」と呼ばれ、全国各地からやってきた商人の商売繁盛のための心構えを指した。「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)を説いた近江商人や伊勢商人、京商人などの家訓や処世訓を基本にして商人が組織した「江戸講」で口授されたもので、文字文献としては残されていない。 江戸講の最後の語り部であった芝三光から直接口伝された越川