2015年7月19日のブックマーク (2件)

  • 「純文学」は死んでいい

    「純文学」の世界に、もはや「文学」のかけらなんて残っていないのだから。 よく知られるように、日でもっとも権威ある文学賞(と思われている)芥川賞は「純文学」の賞であるが、世界的な文学賞で「純文学に贈る賞」なんて無い。ただ日だけで、「純文学」とそれ以外の間に垣根を作り100年近く特権化し保護してきた結果が、この体たらくだ。もういいだろう。もうやめよう。 幸いなことに、「純文学」の垣根に守られず、「読者」という名の狼たちと、荒野で100年戦いつづけたたくましい文学者たちが、日にはたくさんいる。風俗小説家、歴史小説家、ノンフィクションライター、SF作家、伝記作家、エログロ、哲学者、詩人・歌人や俳人ももちろん文学者なのだからコピーライターもまたしかり、だ。「文壇の著名人」から「増田の名もない書き手」まで…彼らの豊富な仕事に目を向け、再評価すべき時が来たということだろう。そして文学「研究」もまた

    「純文学」は死んでいい
    serio
    serio 2015/07/19
    カンヌ映画賞も、芸術性の高い映画ばっかり受賞させているから、廃止すべきだな。
  • まったく逆だろ。自己肯定感が強すぎるんだよ。 「わたしという勇者は」っ..

    まったく逆だろ。自己肯定感が強すぎるんだよ。 「わたしという勇者は」ってどんだけ自分に期待してるんだ。 こともあろうに全世界を村人扱いだよ。 増田がNo1でなきゃいけない理由ってどこにあるんだ?

    まったく逆だろ。自己肯定感が強すぎるんだよ。 「わたしという勇者は」っ..
    serio
    serio 2015/07/19
    全能感(万能感)にとらわれているという言い方もできる。