ロッカールームから出ると、狭い事務所には数人のスタッフがいた。おはようございます、と言った私の顔を見て、伊藤さん——私の教育係であるお姉さん、小柄で凛とした目つきが印象的だ——が眉をひそめた。 「あなた、どうしたのよその表情。そんな暗い顔をしていたら、接客業なんて務まりません。笑顔でいなさい、笑顔で」 伊藤さんは、何百枚と連なる注文伝票をバサバサとめくった。時折何かを書き込んでは、またバサバサとめくる。 ひとしきり注文伝票を整理すると伊藤さんは立ち上がって私の肩をポンと叩いた。 すみません、やっぱり緊張してしまっているみたいで、という言葉を飲み込み、はい、わかりましたと笑った。ぎこちなさが拭えない。鏡を見ずとも分かる、どこか引きつった笑顔だと。 「さ、売り場に行きましょう。今日は記念すべきあなたのデビュー日よ」 デビュー日、と繰り返すように私は呟いた。いいように言えば、その日は私のデビュー
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