shimpei_takedaのブックマーク (20)

  • 居酒屋「あすなろ」とヤクザと私

    私の今も忘れられないアルバイトは、大学に入学したときのことだから、今から三十年以上も前のことになる。私は何か目的があったわけでも、何かを勉強したかったわけでもなく、ただ単純に東京に出てみたくて北海道から東京にある大学に進学した。 しかし、その大学は一年生のときだけ、埼玉県の大宮市にある校舎で学ばなければならなかった。私は仕送りをあまりしてもらえなかったので、その校舎の裏手にある部屋代が格安の学生寮に住むことにした。しかし、その校舎の周辺はほとんど家も店もなく、寮生たちのほとんどは自炊しなければならなかった。お金のない私は費を浮かすためにも事つきのアルバイト先を探したのだが、繁華街は大宮駅周辺しかなく、寮から大宮駅に行くにはバスで二十分ほどもかかる。当時は、まだコンビニがあること自体珍しく、ファミリーレストランも見かけることがほとんどない時代だった。だから、学生のアルバイトといえば、喫茶

    居酒屋「あすなろ」とヤクザと私
    shimpei_takeda
    shimpei_takeda 2020/07/07
    九州のはしか犬......
  • 「私がやるしかない!」 〜英語オンチだった私が一歩を踏み出せたリゾートバイト体験談〜

    「Thank you!」 「謝謝」 「ありがとう」 たった一言。 その、たった一言の感謝の言葉が心をポカポカと温めてくれる。 世界は、やさしい言葉で溢れている。 「行ってきます」 「気を付けてな」 私は玄関に置いてある鍵を手に取った。箱の上の棚に目をやるとユニークな顔をした人形がずらりと整列している。それを見て思わず口元が緩む。数ヶ月後に帰宅する頃には、また新しい人形が置いてあるんだろうなと思いながら、箱の中からお気に入りのコンバースを手に取る。 3年前の誕生日に自分の身長と同じくらい大きなバックパックを背負いアジアを旅する!と家を出たあの瞬間がフラッシュバックする。あの時の私は、初めての一人旅への恐怖と不安に襲われて号泣していた。 それ以来、同じコンバースを履くたびにあの時の光景を思い出す。ただあの頃と違うのは、コンバースを履いても泣かなくなったことだ。 車のエンジンをかけてお気に入

    「私がやるしかない!」 〜英語オンチだった私が一歩を踏み出せたリゾートバイト体験談〜
    shimpei_takeda
    shimpei_takeda 2020/04/02
    相手に自分の言葉が伝わったという経験は何よりも嬉しい。それは日本語でも同じかもしれない。
  • 「これじゃあ、作文の延長線上だ」 〜出版系ベンチャー会社で小説家を目指した僕のバイト体験談〜

    会議室の扉が開いて、一人の老人が入ってきた。 膝下までのロングコートを着て、チャコールグレーのハットを被り、目元は薄い色のサングラスで覆われていた。 その人がFriday元編集長のマナベさんだった。 一年間の浪人生活が無事に終わり、入学式を前にした三月。十九歳の僕はアルバイト先を探していた。 小説家になるという固い意志があり、だからできれば文章を書くことに繋がるようなアルバイトがしたいと考えていた。出版社でアルバイト、屋でアルバイトという案がすぐにひらめいたが、その選択肢に進むのはなかなか気が進まなかった。小説家になりたいという考えから出版社、屋という発想に行き着くのはあまりにも安直すぎたからだ。文章を書くことに繋がり、かつ、いわゆる普通の道と違う要素もあるアルバイトという贅沢な条件を僕は求めていた。だから僕のアルバイト先探しは最初から難航していた。 そんなある日、入学祝と称して、近所

    「これじゃあ、作文の延長線上だ」 〜出版系ベンチャー会社で小説家を目指した僕のバイト体験談〜
    shimpei_takeda
    shimpei_takeda 2020/03/26
    会合が強面ばかりなのはわかる気がする。
  • ホストクラブに潜入するバイトをしたら、友達がドハマリして大変だった話

    「無料でホスト行ってみない?」 ぬめっとした黒髪のおっさんが言った。 何も知らない女子大生の私は答えた。 「えっ、行きたい!」 それがパンドラの箱だったとは知らずに。 女子大生だった私はその頃、とある学生街のバーでスタッフをしていた。そのバーはお酒を安くたくさん飲めるお店だったので、騒ぎたい学生はもちろん、飲んべえの社会人も来店するような店だった。いつも繁盛していた記憶がある。 常連はとにかく個性的だった。酒に酔うと必ず失禁して周辺では軒並み出入り禁止になっているオヤジや、とりわけ美人でもないような私をいつも「姫」と呼ぶ明らかにホステス上がりのオネエサマまでさまざまだ。 その中でとりわけ存在感があったのは、横にも縦にも体が大きく、ぬめっとした黒髪が特徴的な「あやしいおっさん」だった。 おっさんはいつも強めのスピリッツをストレートでぐいぐい吞み干すほどの酒飲みで、カウンターに立ってあくせく働

    ホストクラブに潜入するバイトをしたら、友達がドハマリして大変だった話
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    shimpei_takeda 2020/03/19
    ミイラ取りがミイラに
  • 「一緒に絵本を選んで欲しい」 〜本屋さんでの私の初めてのアルバイトの話〜

    ロッカールームから出ると、狭い事務所には数人のスタッフがいた。おはようございます、と言った私の顔を見て、伊藤さん——私の教育係であるお姉さん、小柄で凛とした目つきが印象的だ——が眉をひそめた。 「あなた、どうしたのよその表情。そんな暗い顔をしていたら、接客業なんて務まりません。笑顔でいなさい、笑顔で」 伊藤さんは、何百枚と連なる注文伝票をバサバサとめくった。時折何かを書き込んでは、またバサバサとめくる。 ひとしきり注文伝票を整理すると伊藤さんは立ち上がって私の肩をポンと叩いた。 すみません、やっぱり緊張してしまっているみたいで、という言葉を飲み込み、はい、わかりましたと笑った。ぎこちなさが拭えない。鏡を見ずとも分かる、どこか引きつった笑顔だと。 「さ、売り場に行きましょう。今日は記念すべきあなたのデビュー日よ」 デビュー日、と繰り返すように私は呟いた。いいように言えば、その日は私のデビュー

    「一緒に絵本を選んで欲しい」 〜本屋さんでの私の初めてのアルバイトの話〜
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    shimpei_takeda 2020/03/05
    どこでもクレーマーはいるんだなあ
  • ただの女子大生だった私がコールセンターのアルバイトでちょっとだけ強くなって世界を知った話

    「ところでさ、お姉さん、いま何色のパンツ履いてるの」 「ありがとうございます。申し訳ありませんが、お答えできかねます」 何に対しての「ありがとうございます」なんだろう。でも私の口は、私の頭が考えるよりも先に言葉を発してしまう。こんなセクハラのテンプレートのようなセリフも、20回も聞けば驚きも嫌悪感もなくなってしまうのだ。 「チッ。もうかけてくんなよ」 それだけ言われて、ガチャンと電話を叩きつけられた。こんな不機嫌な中年男性の対応に対しても、恐怖も苛立ちも何も感じない。あくびをしながら、私の指はもうすでに次の顧客の電話番号へとダイヤルしている。今日、パンツ何色だっけなあ、そんなことをぼんやりと考えながら。 「お世話になっております。株式会社〇〇の遠藤と申します。現在、プロバイダについてのアンケートを行っておりまして、〇〇様のご自宅でご利用中の回線は……」 この台詞も同じだ。流れるように口から

    ただの女子大生だった私がコールセンターのアルバイトでちょっとだけ強くなって世界を知った話
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    shimpei_takeda 2020/02/27
    知り合いに出会うのはなかなかすごい確率。
  • 「よろしくね、タケル君」 〜障害児対応レスパイト・ケアのバイト体験談〜

    ケツメイシの「さくら」がヒットチューンとしてラジオやテレビで流れまくっていた2005年。私は心理学系の大学院で、心理学の知識を福祉の分野に活かす研究をしていた。対象は障害児が主だった。どんな関わり方をすれば、より障害児の不安を減らし、パニックを予防できるのか、手探りながら熱意を持って全力で取り組んでいたつもりだった。 私の恩師である成田先生は、障害児研究の第一人者だ。8月で講義もないある猛暑日に、私はその成田先生から研究室に呼び出された。 「小室君、レスパイト・ケアって知ってる?」 成田先生は、丸い眼鏡の奥に潜む眼光鋭い眼差しを私に向けて問いかけた。研究室のクーラーの効きが悪く、すぐに返答できない。私は先生の白いあごひげを見ながら、首にまとわりつく汗をぬぐった。 「レスパイト。ちょっとした休憩という意味なんだけどね」 成田先生は私の返答を待たず、説明を始める。 「子どものケアとか介護でさ、

    「よろしくね、タケル君」 〜障害児対応レスパイト・ケアのバイト体験談〜
    shimpei_takeda
    shimpei_takeda 2020/02/20
    たった数時間でも消費してしまうのはなんかわかる気がする
  • 「可愛い、人形みたい」〜本当の私は誰なんだと悩んだサロンモデルのアルバイト体験談〜

    大学生活の4年間、サロンモデルとしてアルバイトをしていた。 当時、私は18歳だった。受験勉強ばかりをしていた生活を終えて、制服にさよならを告げたばかりのただの新入生だった。モデルなんてきらびやかな響きからはかけ離れた生活をしていた。 大学でやろうとしていたことと言えば幼少期から15年以上続けているクラシックバレエと学業の両立くらいで、それ以外は特に頭になかった。 「美容師のモデルやらない?友達が探してて」 そう言われて言葉につまった。自分なんかがモデルなんて、そう思った。自分の容姿は人に誇れるようなものではない。身長も平均で特段スタイルがいいわけでもない。それでも、18歳の小娘だった私は興味位でやってみることにした。 当日現地についてみると、現場は美容師さんがスタイリングコンテストに出品するための写真撮影といった様子だった。今考えれば、モデルのモの字も知らない小娘をよく使ってくれたと思う

    「可愛い、人形みたい」〜本当の私は誰なんだと悩んだサロンモデルのアルバイト体験談〜
    shimpei_takeda
    shimpei_takeda 2020/02/13
    自分らしくいられる場所をもっておくことが大事なのかな
  • 「調理・接客、時給1,500円。まかないあり。ときどきヤクザが来店」〜私の地元の寿司屋バイト体験談〜

    私はアルバイトを探していた。今まで接客業についていたので飲店がいいかなと漠然と考えていた。自宅から近かったらなおよしと思った。 求人情報誌の細かい文字を眺めすぎて少し目が疲れたので散歩することにした。いつも通っている駅前への道。見慣れた寿司屋にはり紙が貼ってあった。求人だ。どんなバイトをしようかなと考えたままの頭で外に出たので、いつもは目に付かない求人はり紙に目が止まったのかもしれない。 「夕方5時~ 簡単な調理・接客。時給1,500円。まかないあり」 時給の高さと寿司屋のまかないに惹かれて迷わず応募した。 その店は、もう地元に何十年もある寿司屋だった。しょっちゅう前を通っていたのにまるで存在を感じさせないほど地域の風景に溶け込んだ、木造2階建ての古い建物だ。 中へ入ると店内は昭和の香りが漂う雰囲気で、カウンター席が10席、4人掛けのお座敷席が4席ほどのとても狭い店だった。 「お願い、絵

    「調理・接客、時給1,500円。まかないあり。ときどきヤクザが来店」〜私の地元の寿司屋バイト体験談〜
    shimpei_takeda
    shimpei_takeda 2020/02/06
    地元の寿司屋はそうだよなあ
  • 「あいつを絶対入れるな」 〜スパイ扱いされた私の出口調査バイト体験記〜

    「マスコミには答えません!」 と激昂し、私にファイルをつき返すと車に乗って出て行ってしまったのだった。 私は彼女が少しだけ記入したファイルを手に、呆然と見送るしかなかった。 「こんにちは。○○社の者です。出口調査にご協力をお願いします」 選挙の出口調査だ。もう十数年も前になるが、当時20代だった私は選挙の出口調査のアルバイトをしたことがあった。 インターネットから手軽に応募できたし、給料もよかった。1日働けば終わるのに事前研修にもちゃんと給料が出た。このアルバイトは未経験の私でもできると思った。 そして、できればそこに、「それほど難しくなかった」という感想も付け加えたかったのだが、私の場合、残念ながらそうはならなかった。 今回はその経験を記しておきたい。 まず出口調査とは、投票所の出口で有権者にアンケート用紙を渡し、どの候補者や政党に投票したかに丸をつけてもらう仕事だ。 私はそれまでに駅前

    「あいつを絶対入れるな」 〜スパイ扱いされた私の出口調査バイト体験記〜
  • 大学図書館で万引!?「本泥棒」を捕まえろ 〜私の図書館バイト体験談〜

    「お前、ふざけるな!」 バーンと言うドアを開ける大きな音が館内に響いた。 アルバイト先の先輩有田さんがちょっと目を離した隙だった。テーブルの手前側に座っていた学生はカウンターの上にあった自分のバッグを鷲掴みにして、片手で入り口のドアを叩き開けた。そして脱兎のごとく走り去って行った。 有田さんがその後を一目散に追った。 数分後、上気した顔の有田さん戻ってきて「逃げられた」とぽつりと言った。「残念です。レベル2ですね」と他のアルバイトが彼をねぎらった。有田さんはまだ肩で息をしていて体から白い湯気が立っていた。開いたままのドアから外の冷気が静かに入って来た。 それは私が大学の図書館でアルバイトを始めて三日目の事だった。大学のテスト期間中は「気をつけろ」と言われていたが、何に「気をつけるのか」は全く分からなかった。ただその時は「レベル2」という言葉が頭に残った。 通っていた大学の図書館でアルバイト

    大学図書館で万引!?「本泥棒」を捕まえろ 〜私の図書館バイト体験談〜
  • 両手首骨折し記憶喪失。それでもバイク便のアルバイトが大好きだった

    そんなシゲさんの予感が当たったのである。 バイク便のアルバイトを始めて、そろそろ半年が過ぎようとしていた。 その日は朝から雨が降っていた。 朝の眠りから目覚めるように、静かに意識が戻った。 心配そうな中年女性の顔が、真っ白な天井からぶら下がるように目前に迫っていた。ぼんやりした視界が少しずつ鮮明になると、女性の周囲に何人かの男性がいて、私を覗き込むように囲んでいるのが分かった。 この人たちは一体誰なのだろう。まったく名前が思い浮かばなかった。みな顔見知りであることは理解しているのだが、肝心の名前が出てこない。 布団の下で右手を動かそうとしたが、なぜだか動かすことができない。そもそも両腕の感覚がないのである。何かにきつく縛り付けられているようにも感じる。喋ろうとしても喉が渇いて声が出ない。眼玉だけが自由に動かせて、キョロキョロと周りを見ることができる。まるで金縛りにあったような感覚に似ていた

    両手首骨折し記憶喪失。それでもバイク便のアルバイトが大好きだった
  • 「で、いつから働ける?」 〜ニートだった自分が工場ラインで3ヶ月間ピザにチーズを振り続けた話〜

    あれ?千手観音かな? これが米澤を初めて間近で見た時に感じた正直な感想である。 ソースが塗ってあるだけの状態のピザ生地に満遍なくチーズを振りかける。 作業自体は至極簡単なものである。しかし問題はそのスピードだ。 事の発端は私が20代前半の時、高校卒業後勤めていた仕事を辞めて「次の仕事どうするかなー?」なんて考えながら束の間のニート生活を楽しんでいた時のことだった。 ニートとはいえ家の家賃は払わないといけないし、腹も減る。そして貯金の残高は心もとない。次の仕事のあてがあるわけでもなかった私は、バイトでもしてつなぐかと求人情報誌をパラパラとめくっていた。 そんな時に目に飛び込んできたのが、とある品工場の短期の求人だった。他の求人よりも明らかに高時給、更に昼付きと待遇の良い条件に私はすぐさま飛びつき電話をかけた。 電話に出たのは受付らしき若い女性。求人を見て連絡した旨を伝えると「少々お待ち

    「で、いつから働ける?」 〜ニートだった自分が工場ラインで3ヶ月間ピザにチーズを振り続けた話〜
  • 「自分から話そうって全然思ってないでしょ?」 〜人見知りだった私がバーテンダーバイトで学んだこと〜

    私がバーテンダーのアルバイトを始めたのは、お酒が飲めるようになった20歳の時だった。 私は極度の人見知りだった。とくに自分より年上の大人と上手に接することができなかった。母子家庭で育ったからなのか、一番苦手だったのが30より上の年代の男性だった。 中学高校の頃は、それでも特に問題はなかった。だが大学に上がり自分がこれから社会人になると考えると急に将来が不安になった。仕事をしているとそんな人はたくさんいる。社会に出たらそんなことは言ってられないんじゃないかと思った。 すでにその時点でも、教授陣と必要最低限のコミュニケーションしか取れない私と、フレンドリーに話せる友人たちとの間には大きな差が開いていた。 友人たちは教授から色んな話を聞きだして上手に大学生活を送っている。一方私は何の情報を得ることもなく淡々と大学生活を送っていた。克服しないといけないと思った。 どうすれば克服できるのか手当たり次

    「自分から話そうって全然思ってないでしょ?」 〜人見知りだった私がバーテンダーバイトで学んだこと〜
  • 「そんなせこいやつここに入る資格ないのよ!」 〜大学中退寸前だった女子大生のナイトクラブ体験記〜

    私がナイトワークをやっていたのは大学時代。 厳しい世界であるし、なかなか勝気な女性は多いし、そんな理由でなかなかナイトワークのお仕事は続きませんでした。 でも、そんな私が唯一、大学卒業時までの2年間お世話になり、社会人になり辞めた今でも遊びに行くくらい、大好きなナイトクラブ「M(仮)」があったんです。 そこには、びっくりするくらい美しくて、いつでも素直で、何より女の子を大切にしてくれるママがいました。 だから楽しかったし、2年間も働けた。私にとってはこれが最長のナイトワーク勤務でした。 だけど、やはり厳しい世界。 きらびやかな世界だし、もちろん報酬は一般的なアルバイトよりもいいし、でもその分苦しいことも多かったです。 ナイトワークを目指す方の多くはこの理由じゃないでしょうか。 「金欠」 私の中での大きな理由もそれでした。 大学在学中に留学をして、帰国したあと、当にお金がなかったんです。

    「そんなせこいやつここに入る資格ないのよ!」 〜大学中退寸前だった女子大生のナイトクラブ体験記〜
  • 「泣くなら家帰りなよ!」〜高校を休学していた私がフレンチレストランで働いた8ヶ月間〜

    私は高校を休学していた。 理由はクラスのイジメだった。女子たちの間での無視や仲間外れといった話はよく聞くし、私自身も実際に無視されている女の子を見たことがある。でも時間が経てばその女子たちは元通りの関係になって、新たなターゲットとなった女の子が無視され始めるようになる。私はそんな女子たちが繰り広げる終わらない人間関係に疲れていた。そして自分がそのターゲットになった時にはもうそれが耐えられなくなってしまっていた。 両親は休学に理解を示してくれ温かく見守ってくれた。だが、平日の昼間から自宅にこもっていると親への罪悪感や不安に襲われるようになり、休学している期間だけという約束で祖父母の家に身を寄せることになった。しかし祖父母の家でもそれは変わらなかった。 日々の生活がなんだかとても息苦しくて、苦痛で仕方なかった。学校生活からも社会からも切り離され、疎外感を感じていた。 そんな屈した思いを抱えな

    「泣くなら家帰りなよ!」〜高校を休学していた私がフレンチレストランで働いた8ヶ月間〜
  • 「あっ!せんせい、きょうもいた。うれしい!」 〜保育士のアルバイトで学んだこと〜

    「あなた、この仕事向いていないわね」 19歳のわたしは何も言えなかった。 そうか、言葉を失うとはこのことを言うんだ。その意味を、身をもって知った。 大学の福祉学部に入学したわたしは、夏休みに保育園で短期バイトをした。保育士さんはみんな優しくて、時に厳しくても愛があり、子どもが可愛くて楽しくて、わたしは保育士になりたいと思うようになった。 夏休みの短期バイトが終わった頃、また保育園で働きたいなと思って区役所にアルバイト登録をした。すぐに1の電話が入った。「明日から働いてもらえませんか?」あまりのスピードで願いが叶い、自分の運の強さを自画自賛しながら、迷うことなく「お願いします!」と返事をした。大学1年生の秋だった。 しかし、保育士になりたいという将来の夢を、もう叶えられないと絶望するまでには、そう時間はかからなかった。夏休みの「可愛い、楽しい」バイト生活とはかけ離れた、厳しい現実がわたしを

    「あっ!せんせい、きょうもいた。うれしい!」 〜保育士のアルバイトで学んだこと〜
  • 「私をッ!私をッ!男にしてくださいッッ!!」~選挙バイトでひたすら切手を貼っていたら、候補者さんがトップ当選してしまった件~

    バイト初日は選挙が公示される前日でした。選挙事務所に足を運ぶと、バイトの人がたくさん集まっていました。男女合わせて20人ぐらいはいたでしょう。 それ以外にもボランティアのおばちゃんたちも大勢いて、スタッフと思しきおじさんたちまでいて、大賑わいな事務所でした。 こんなにたくさんの人を集めて、そんなに仕事ってあるのだろうか? そんな心配をしたぐらいです。 そして選挙参謀的な人が現れて、簡単な挨拶をしました。この人、怖かったです。顔が。 それが終わるといよいよ仕事の開始です。最初にやれと言われたのは。 「ポスターを剥がして来い」 でした。 「はぁ?!」 と間抜けな声で答えるバイトの私たち。これから選挙だってのに、わざわざポスター剥がしてどうすんだ? これは私だけではなく、選挙応援のバイトが初めてという人がみなそう思っていたそうです。普通、そう思いますよね。 もちろんこれには理由があります。政治

    「私をッ!私をッ!男にしてくださいッッ!!」~選挙バイトでひたすら切手を貼っていたら、候補者さんがトップ当選してしまった件~
  • 京都精華町のマナちゃん ~無い内定のまま卒業した私と家庭教師のアルバイト~

    新学年がスタート時期だからか、家庭教師先はすぐに見つかった。高校3年生の女の子。バドミントンサークル部。中堅大学の理系学部を狙っている。担当科目は英語で週2回。数学の家庭教師が週2日来ているらしい。家は京都の南西にある精華町だ。精華町は、国立国会図書館関西館や有名な研究所がある町で、大学時代何度か行ったことがある。最先端なキレイな施設と住宅街と田んぼと畑、それぞれのパーツが集まった、そんな街だった。 いきなり大学受験か……責任重大だなあ。そう思ったけれど、大学受験という切羽詰まった状況なら、ちゃんと勉強してくれそうだし、とりあえずやってみることにした。場所も家からちょっと遠いけれど、乗り継ぎも楽ちんだし、時給も結構よかった。 電車に揺られて、精華町に向かう。家庭教師先の最寄り駅は、祝園駅だ。到着すると、まだ新しい大きな駅は、そこまで混んでいない。家は駅から離れているそうで、お父さんと人が

    京都精華町のマナちゃん ~無い内定のまま卒業した私と家庭教師のアルバイト~
    shimpei_takeda
    shimpei_takeda 2019/10/31
    あくまで格闘系なマナちゃん
  • 高校を中退した僕の小さなプライドは、解体屋のバイトによってあっけなくぶち壊された

    少しの沈黙の後、社長は静かに口を開いた。 「……お前さ、この仕事舐めてるんだろ?」 図星を突かれた、と思った。 「お前さ、返事もできねぇのか?」 社長の怒声が怖くて、僕は声を出すこともできなかった。先ほどまで僕が握りしめていたホースは地面に倒れて、じょろじょろと水を流し続けている。 土と水が混ざり、どろどろになっていくのを目の端で捉えていると、重機から降りた社長が僕のもとへ近づいてくる。ホースを踏みつけたせいで、一瞬だけ勢い良く水が吹き出た。 つり上がった目元と平行になるよう剃り上げられた眉毛が、ただでさえ怖い社長の風貌をより恐ろしく仕上げている。 たしかヘルメットの着用が義務付けられていたはずだけれど、社長はなにもかぶっていない。黒髪のオールバックがこれほど似合う男の人も珍しいと思う。 「返事もできねぇのかって聞いてんだよ」 「え、返事は……できます」 「聞こえねぇんだよ、舐めてんのか?

    高校を中退した僕の小さなプライドは、解体屋のバイトによってあっけなくぶち壊された
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