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  • 只今帰りました - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月22日(土)、雨降ラネドモ、天気ノ詳細不明。 先ほど、昨日の23時過ぎ、尾崎さんの車で加茂の工房に到着。 ほかの皆さんと、冷たい水と熱いコーヒーで、しばし小休止していただきました。 日付が変わる頃、皆さんは帰路、四日市に向け出発されました。 四日市までは、あと2時間ほど。安全を祈って送りだしました。 王位戦5局目は、125手で深浦王位の勝利。 終局後は、対局室での感想戦を小一時間見学し、使用していただいた「宗歩好」 を」受け取ってから、現地を発ち、鳴門絵・淡路島・明石大橋を経由して帰ってきました。 現地でのこぼれ話は、追々書きます。 写真は、5局に使用された「宗歩好」です。 では、また。

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  • ただ今高知に着きました - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月20日(木)、晴れ。 昨日は、徳島に着いて、王位戦会場での検分を無事終えて、一泊。 夜は、一行の6人で将棋三昧でした。 今日は、9時からの対局開始を皆で見学してから、眉山・旧ドイツ俘虜収容所記念館を見学してから、急遽、うだつのあがる脇町へ。 ここには、小野五平名人の家と記念館があります。 そこを8年ぶりくらいで、訪ねました。 記念館の2軒隣が、小野五平名人が住んでいた家で、お孫さんの平田喜一郎さんが住んでおられました。 住んでおられました。という過去形で表現したのは、最近まで居られたのですが、 3ヶ月ほど前に、亡くなられたそうです。 前回来た時は、旅行中で会えなかったので、今日はひょっとすればお話が聞けるかなあと、期待したのですが、当に残念でした。 それでも平田さんの奥様にはお会いして、少しお話できました。 平田家の少し東に、古い吉田家邸宅があります。 藍染で財を成した商家ですが、5

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  • 蝶 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月18日(火)、晴れ。 朝晩は涼しいのですが、今日も日中は35度近くになりました。 今日は「古水無瀬」の研磨。使用するペーパーは600番。一つ一つこれまでの工程を確かめながら、さらに研磨を重ねます。 ツゲは研磨するほどに、素材の良さが引き出せます。 30年前の頃は、磨いてある駒はほとんど見かけませんでした。 磨いてなくても、皆が駒はそんなもんだと思っている人が大半でした。 駒づくりの職人も、とに角、量を沢山作ることが、収入を維持する手段でありましたから、手間のかかる磨き何ぞに費やす時間もないし、心が及ぶ人はほとんど居なかったようでした。 それでは折角のツゲという最高の素材をフルに活用していない訳で、しっかり磨いた駒こそ良い駒だと「駒づくりを楽しむ会」で、言い続けました。 その結果、作る皆さんはもちろん、買い求め使う方もだんだんと眼が肥えて、変わってきたのはここ20年ぐらい。定着してきたの

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  • 秋の気配 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月19日(水)、只今朝焼け。 昨晩は、涼しく秋のような気配です。 昨日、総選挙がスタート。 自分の一票で、これからの日の命運が決まります。 「口だけ政治」、選挙のときだけの「巧言麗色」に、騙されてはいけないと思っています。 今日は11時頃、尾崎さんが迎えに来てくれます。 一行は、小生を入れて6人とか。 帰りは金曜日の夜中。それまで留守にします。 ブログの更新は出来ませんので、悪しからず。

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  • 研ぎ出しています - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月17日(月)、晴れ。 朝は23度と涼しかったのですが、気温はぐんぐん35度となる中、一日中NHKラジオで高校野球を聞きながら「研ぎ出し」作業を続けました。 写真は今日の終りの状態です。 今日は、320番で一通り余分な漆を落として、400番でもう一度研ぎ出してから、面取りをしました。 全部で2組あります。 これだけするのに、7時間ぐらいかかりました。 明日以降は、さらに細かいペーパーで、もう少し研磨と面取りを繰り返します。 このうち1組は、9月初めに完成させる予定です。残り1組は、急がないのでぼちぼちやります。

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  • 浄法寺の漆 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    「漆かぶれの特効薬」。 それは「シナノキ」の皮を煮出して煎じた液体でした。 2人の方から、コメントで教えてもらいました。 一人は、浄法寺の方です。 漆の精製を仕事にして居るそうで、浄法寺漆。 どんな漆か興味があります。一度使ってみようと思っています。 写真は、玄関脇に咲き始めたユリ。 3年ほど前に、赤い山つつじの株を買って植えていたら、思わぬユリが一伸びてきて花が咲きました。 以来、1が2になり、2が4になり、今では7になりました。

    浄法寺の漆 - 熊澤良尊の将棋駒三昧
  • 浄法寺 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月16日(日)、曇り。 昨日一昨日と晴れていたが、今日は空一面の村雲。 遠くで鳴く騒がしいセミの声は相変わらずです。 先ほど、BSテレビでは「浄法寺の漆掻き」をやっていました。 漆掻きは、漆の木の幹に傷を付けてそこから滲み出る漆液を集める仕事やそれをする人のこと。 浄法寺は、岩手県の北にあります。青森に近いところ。 そこで漆の木を栽培し、樹液を採取して、それを仕事にしている様子をドキュメンタリー風に放映していました。 漆掻きについては、物ので読んで知っては居ますが、改めて興味深く見ました。 独特の先が二股になっている刃物で、幹を傷つけて、ほんのちょっぴり出てくる漆液を掻きとる。これをあちこちの山に植えた漆の木で繰り返すわけですが、同じ木は4日休ませてから、繰り返すそうです。 そのほかの道具は、木の皮を剥ぐ鉈。採った樹液を入れる漆桶など。これを腰にぶら下げて山に入ります。 帽子、手袋、地

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  • 終戦の日 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月15日(土。終戦の日)、晴れ。 終戦は、1945年8月15日。あれから64年が経過します。 前にも少し書いたことですが、終戦の数ヶ月前の名古屋の大空襲の時の場面を少しだけですが、恐ろしい絵柄としていくつか記憶しています。 とはいえ、終戦のことは、2歳半でしたのでまったく記憶はありません。 終戦後、3歳か4歳の頃に京都に移りまして、1年ぐらいですが、高野川の傍に住んでいた時期があります。 この頃だと思うのですが、今思えば軍事トラックかジープに乗った米兵の記憶があります。 米兵が車の後ろに座って、チューインガムか、チョコレートを、子供たちに撒いていた情景の記憶があります。 多分、こちらもそれを拾ったのだと思います。 それから1年後の5歳ぐらいの頃、住まいは下賀茂神社近くに移り、その頃はチューインガムは、確か5円でタバコ屋で売っていて、それを買った記憶もあります。 鴨川では、10歳と少し上の

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  • 夕景 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月13日(金)、快晴。 朝9時の気温は27度。 今日は、カラッとして涼しい風が吹いていました。 昨日、木曜日は蒸し暑い中を、戸外で「古水無瀬」の研ぎ出しを始めました。 以前彫っていた分と2組纏めて、一通り粗い220番のサンドペーパーで不要な漆を大方削り落としましたのですが、途中で、右手の中指の先に近いところが痛み出しました。 見ると、皮の中のほうが少し白っぽくなっていました。 この工程では、右手の親指と人差し指、それに中指の3で駒を保持してペーパーの上で前後に動かしますが、一番力が掛かるのが中指です。 おまけに、丁度駒の先がここに当たります。 白いのは、水ぶくれになりかけているのです。 でも、もう少しということで、痛めたところを使わないようにしながら、一通り粗摺りを終えるところまでやりました。 1日経って、痛めたところはまだ「チクチク」していますが、白っぽいのは大分元の色に戻っています

    夕景 - 熊澤良尊の将棋駒三昧
  • 墓掃除 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月12日(水)、晴れ。 今日は、枚方にあるお墓の掃除に行ってきました。 少し前になりますが、「お墓の前でなかないでください。私は居ません・・」という歌を良く聞きました。 当かどうかは知りませんが、ご先祖さんは、お盆の間中、墓から抜け出して、居られなくなると言う事ですから、この歌は、お盆限定なのでしょうね。 それはともかく、明日からはお盆ということで、沢山、墓参りの方々が来ておられました。 偶然ですが、「関西駒の会支部幹事長の林田さん」の家のお墓が、4~50メートルほどのすぐ近くにあります。 見ると、今日は、女性ばかり4人の方がお墓参りに来ておられました。 奥様には一度だけお会いしたことはあるのですが、いきなり変な男が声をかけるのもどうかと思い、遠くから心だけのご挨拶(?)で済ませました。 小生の方の墓には、仏は誰も居りません。木の卒塔婆だけが立っております。 40年ほど前、結婚する少し

    墓掃除 - 熊澤良尊の将棋駒三昧
  • 根付 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月11日(火)、晴れ。 早朝、大きな地震がありました。 5時に眼が覚めて、ニュースを見ていると、突然アナウンサーの様子が少し変になりました。黙りこくって、何か緊張している様子。 ややあって「只今、大きな揺れがありました」。スタジオは東京なので、東京で大きな地震があったのだと思いました。 ドレぐらいの地震かと、情報が多いNHKにチャンネルを切り替えて見ていると、しばらくして、「静岡地方で大きな地震が発生」とテロップが流れました。 震源は静岡なんだ。東南海地震が起きたんだと瞬間的に思いました。 ややあって、「ゆっさゆっさゆさ・・」と寝ている床が、揺れだしました。 京都の南あたりでも相当な揺れだったので「結構大きい」。 そう思ってテレビを見続けていると、詳細な地震情報が出て、震源に近い静岡あたりは、震度6弱。マグニチュードは6.6(あとで6.5に修正)ということでした。 東南海地震にしては、か

    根付 - 熊澤良尊の将棋駒三昧
  • 豪雨 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月10日(月)、雨。 日の各地、想像以上のことが起きています。 特に兵庫県と四国辺りでは洪水で押し流されたり、1階部分が水没したりで沢山の死者。亡くなった方はどれほど恐ろしい思いをしたことか。 テレビや新聞の写真を見て言葉もありません。 今日は「古水無瀬」を彫り終えて、根付の銘を入れたり、雑用をしたりの一日でした。 写真は、根付に銘を書き入れたところ。 1ケースに並んでいるのが80個と少し。今日は2ケース分ですから全部で170個くらい書いたことになります。 「良尊」と花押の1枚3文字ですから、およそ500文字ですネ。 所要時間は特に計測していなかったですが、午前1時間、午後2時間くらいで合計3時間として、180分。 まあ、3文字で1分少し、というところでしょうか。 400年前、水無瀬兼成さんは、関白秀次に収めた1800枚あまりの駒を6日間で書き上げたと「将棋馬日記」で、記していますが、

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  • 曇り - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月9日(日)、曇り。 夏空になったなあ、と思ったら昨晩は雨。今は空全体を厚い雲が覆っています。 太陽が隠れている分、それだけ風は涼しさを感じます。 小生は昨日から工房の物品と書類の整理。 今日も午後からそれを続けます。 大きいものは将棋盤とか碁盤が10面程度。このほかにコレクションの盤もありますが、これは展示しているままです。 卓上用の将棋盤や、やや小型の将棋盤がいくつか。これも日カヤです。 それに、前回の残りの将棋チェストが数台といったところ。 売り物も混じっていますから、一つ一つ確かめて、押入れや倉庫に整理分散して収納。 将棋チェストについては、丁度2人の方から在庫が無いかとの引き合いがあったので発送。その分、スペースが減りました。 書類や資料類は、要不用を仕分けながら、不要なものは大きなゴミ袋をつめています。 この作業は、1年い2回ぐらい気が向いたときにやるのですが、中々終わりき

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  • 王位戦 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月8日(土)、晴れか曇り。 夜中に眼が覚めました。 別に不眠症や寝不足ではありません。 点けっ放しになっていたテレビが、無反応な青色になっている場合もあり、何かが移っているときもあります。 見たくなければ消して、またそのまままた眠ることもありますし、チャンネルを切り替えることもあります。 また、昨日もそうでしたが、冷たい水を飲んでブログを更新することもあります。 その時々、意のままに行動するようにしています。 眠れなくなるといけないので、更新が終われば、すぐ眠るように心がけています。 おっと、表題の王位戦。 何か触れようと思って表題にしましたが、気が付けば何も書いておりませんでした。アンマッチの表題でした。 では、また。

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  • 兵士たちの戦争 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月7日(金)、天候不明、ただし雨は降っていないようです。 遠くの方で、「カナカナセミ」が鳴いています。 昨日は、「広島に原子爆弾が降らされた日」。 64年前のことです。 春日大社の「歴史サロン」の先生、堀井先生も広島の旧制高校時代、被爆されましたそうです。 何キロか離れていたので命は助かったのですが、右から爆風を受けたので、それが元で年が経つに連れて、だんだん右の耳、右の眼に不調が出てきて不自由だそうです。 堀井先生には、先日、水無瀬兼成の「将棋図」に書かれた漢文の序文の読み下しをお願いしたところ、1週間で、読み下しと現代文の訳が届きました。 いずれ、皆さんにも見ていただけると思います。 今、NHKでは「兵士たちの戦争」という45年前の戦争を振り返るテレビを放送しています。 同じ時間、他のチャンネルでは、安物のお笑い。落差が大きすぎます。 昨日は、「古水無瀬」を彫りました。 最近入手した

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  • はっきりしない空 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月5日(水)、曇り。 昨日あたりからセミの声が一段とやかましくなりました。 しかし、今日は空が雲で埋め尽くされて、雨が降るのか降らないのか、はっきりしません。 只今の外気温は30度。湿度が低いのでもう少し涼しく感じます。 先日から、新しく「古水無瀬」を彫り始めました。 一日中、彫っているのも眼と肩が疲れるので、平行して時折りワープロで原稿書きをしています。 内容は、水無瀬駒の関係です。8月中に終えたいのですが、どうなりますか。

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  • 夏空 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月4日(火)、快晴。 やっと抜けるような夏空になりました。 ようやく梅雨が明けたようです。 テレビでは、「裁判員裁判制度」が始まった事を報道しています。 小生は、この制度について、かねてから疑問に思っています。 一口で言うなら、裁判官をはじめとする司法関係者の責任放棄、責任転嫁の制度だと思っています。 予め段取りされている争点整理や、声の大きい意見に引っ張られたり、その場の雰囲気に流されて付和雷同に走る恐れもあります。 今日は、前回水無瀬神宮の拝見会にも来られた大阪商業大学研究員Kさんの訪問があります。 では、また。 大阪商業大学では、アミューズメント産業研究所が設立10周年を迎えます。 それを記念して、来春1月から2月にかけて同所資料展示室において「チェスと将棋展」が開催されるとの事です。 小生もそれに向けて協力することになりました。 具体的には、小生が持っている歴史資料や江戸時代の駒

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  • 上弦の月 - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月3日(月)、晴れ。 月齢は12日頃でしょうか。只今、赤っぽい潤んだような色の上弦の月が低い南の空に浮かんでいます。 昨日の午後は、長かった梅雨空が、ようやく夏の空に変わったような気配を感じました。 一昨日の来客は、岐阜県からの男女の方。 駒が12組ほどと、足つきの将棋盤が4面、卓上盤が3面ほど。そのほかに駒台が数点車に積んで来られ、見て欲しいとの事でした。 とりあえず工房の2階でコーヒーを飲みながらお話を聞くと、アマ五段の弟さんが生前に集めたり愛用していたもので、そろそろ誰かに譲りたいが、それぞれどのくらいの価値があるか知っておきたいと言うことでした。 駒は、天童の「T作」が3組。新潟の「T作」が2組。それに見覚えのある駒が7組ほど。 見覚えのあるのは「小生作錦旗」と、駒づくりを楽しむ会会員の面々が作った駒でした。 それらは以前、四日市で「とうかい将棋ファンの集い」で毎年、会員が作った

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  • 有馬での続き - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    いつも、内藤九段の話はいつも面白イのですが、今回の有馬の楽屋裏では「しみじみ」人生の深みを感じるものでした。 実は、昭和54年でしたか、小生が故藤内先生宅を訪ねて先生が愛蔵しておられた「駒」を取材した時、丁度一門による13回忌が行われた日と重なって、そのとき撮影した20枚ほどの写真が先ほど出てきたので、懐かしいとミニアルバムにして、一門の皆さん夫々に行き渡るように淡路九段を通じてお渡ししていたのですが、そのときのことに話が及びました。 師匠・藤内八段の思い出話、森安八段の事。それに、すぐ上のお兄さんのこと。 お兄さんとは「将棋」と「三橋美智也」と、共通の趣味が一致していて、仲の良かったこと。その仲が良かった兄が、最近亡くなって、さびしくなったこと。 将棋界では、初めて「王位」を獲得した頃の話。 28歳ほどだったそうですが、その頃の升田・大山・芹沢・森安秀光。みんな亡くなってしまったこと。

    有馬での続き - 熊澤良尊の将棋駒三昧
  • 王位戦・続き - 熊澤良尊の将棋駒三昧

    8月1日(土)、曇り。 今日から8月。 午後に、岐阜県から一人来客があります。 写真は昨日の王位戦。局後の風景です。 この写真の後、後盤側中央には坂田三吉さんのお孫さんご夫婦を内藤九段が招き入れて、検討会は45分程度続いたでしょうか。 名前は吉田洋子さんとおっしゃいます。3歳のときにお祖父さんが無くなったそうで、ご主人は、陶芸作家をされています。 小生も少し、お二人と別の場所で話をさせていただきました。 お孫さんが来られる話は、検分のときにチラッと聞いていたのですが、対局2日目のこの日、エレベーターでご一緒になったご夫婦を見て、勘が働いて、こちらからお訊ねすると、紛れも無くピタリ的中。 お祖父さんゆかりの品もいくつか残っているそうで、いずれ拝見したいものです。 有馬温泉は、鉄分の混じった「金泉」と呼ばれる茶色いお湯と、「銀泉」と呼ぶ透明なお湯の二つがありますが、やはり「金泉」が有馬らしくて

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