(松籟社・2100円) ◇不条理な死に打ち克つ文学の力 ダニロ・キシュ(一九三五-八九)は、旧ユーゴスラヴィア出身のユダヤ系作家である。これまでにも二冊、『若き日の哀しみ』と『死者の百科事典』が山崎佳代子さんのみずみずしい訳文によって日本に紹介されていて(どちらも東京創元社刊)、すでに知る人ぞ知る存在になっているはずだが、今回新たに訳出された長編小説『砂時計』は、キシュを多少なりとも知っている読者を驚かせ、当惑させるような強烈なビジョンと、たくましい小説的構築の技を示す作品になっている。 『若き日の哀しみ』が「抒情のひと跳び」で少年時代にさかのぼって、淡い水彩画のような美しい光景を描き出していたとすれば、『死者の百科事典』はロマネスクの香りの強い幻想短編集だった。それに対して、『砂時計』はもっと重苦しく、出口がいつまでたっても見えてこないカフカ的悪夢の世界に読者をさまよわせる。 小説の冒頭