大江健三郎は、伊丹氏の映画をわざわざ見たりはしない。だが、ある時、伊丹氏の妹でもある妻が、試写会に行った。そして、それはテロに関する映画だった、と話してくれた。伊 丹氏がテロについてどんなふうに表現したのか。それは重要であると判断した大江氏は、映画館まで見に行った。そして、鑑賞後、伊丹氏に電話したのだ。 伊丹氏は、抽象的な感想は嫌う。あれはポストモダンだったね、みたいな言い方ではダメだ。具体的に、何がどうだったのかを話す必要がある。そこで、大江氏は、映画の中の、とあるエピソードについて話をした。 小太りな警察官がいる。出前の昼食について文句を言ったりしてちょっと意地悪な側面がある。サリンジャーなんかを読んでいるのを上司に見られ、そんなもんを読んでばかりいるより、カラオケスナックにでも行ったりすることも仕事の一部である、などと怒られる。 カラオケスナックに行ったその警察官は、歌っている青年が