zasshi.news.yahoo.co.jp 落語を複数人で演じるとなると、こういう人件費だとか、演者間、あるいは演者と脚本の作り手との間のコミュニケーションのコストが増えるのである。 つまり、落語家とは監督と脚本と主演を全て兼ねた一人クリエイターなのである。このうち一部を外注していくと、それに伴って種々のコストが増えてくるのは当然である。手間も増えるわけだ。 (中略) 結局、落語というのは、作り手の手間を抑えてサボるための仕組みに過ぎないのではないか、と筆者には思えてならない。 この弁護士さん、ある界隈ではお馴染みの方。 毎度毎度お笑いの批判がお得意のようでその割に理論武装が足りませんが、社会は肩書きですので残念ながら原稿依頼が来るようにできてるんですから、ネットメディアの質は痴れたものでして。 【スポンサーリンク】 漫才と落語 落語は座布団に座り、一人で全ての役を演じる。さらに言えば
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