2006年1月8日のブックマーク (5件)

  • チラシのおモテ!

    ここをアンテナに入れてくださっている方々がいてありがたい限り。しかし、どうもうちを入れてくださっているアンテナはプライベート率がよそ様のところと比べてだいぶ高いようだ。(ここを入れてくださっている全アンテナのうち、プライベートのものの比率が現在59%。)なぜだろう。 bewaad先生のページってプリントアウトしにくいですねw 右側のメインのページだけプリントアウトするにはどうしたらいいんだろう。 各所の2005年の○冊。(29日、30日、31日、2006年1月15日、1月29日、3月29日、6月12日追記。)(1月7日付け補足あり。) 便利なまとめ:ブロガーが選ぶ「2005年に読んだベスト」まとめ: わたしが知らないスゴは、きっとあなたが読んでいる gachapinfanのスクラップブック - 今年の10冊(ご人のご要望により下に移動) bewaad institute@kasumig

    チラシのおモテ!
  • 八月の残りの日 :: 智代アフター

    終わり。というかこの三日はおまけRPG三昧でしたが。シンプルな資源管理の楽しさと、とにかくアイテム名やらキャラの台詞やらが間断なく快楽を与えてきて病み付き。 それはさておき、篇について。ネタバレです。 「やっとみつけたよ」 「何を?」 「永遠を」 「それは太陽と溶け合う海だ」 というのは『気狂いピエロ』にも出て来るランボーの詩(だか書き付けだか)で、訳はとりあえずここから拾ってきた。 どこまでも続く海を見たことがある──で始まるのは『ONE』の永遠の世界であるが、やはり永遠と海は相性がいいらしい。 正直、見通しの良くなるよう整理されてしまった、理詰めの『ONE』という感がしなくもない。あと、現世的な設定の範囲でやっちゃったから、今までのが『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』だったとすれば今回のは『NHKにようこそ!』だなあというか。僕は前者の方が好みなのでなんとも困るところです。

    八月の残りの日 :: 智代アフター
  • 後天性無気力症候群 :: 『赤×ピンク』以降の桜庭一樹作品を〈ゲーム的リアリズム〉の実現方法から分類してみる

    野性時代Vol.26 http://www.kadokawa.co.jp/sp/200310-02/ の特集「大人のためのキャラクター小説ライトノベルのその先へ」に掲載されている桜庭一樹さんのインタビューを読みました。なかなか興味深いことが書かれています。インタビューによると 「赤×ピンク」の3人の主役は、元々1人のキャラクターを3つに分割して作ったものである。 同じ手法を「赤×ピンク」以降も使っている。 とのことなのですが、これは 桜庭さん曰く「マルチエンドを全て含めて1つの話を作りたい」「それがゲーム的にとらえられるかも知れません」 京フェス「リアル・フィクションとは何か?」レポ http://d.hatena.ne.jp/giolum/20051012#1129053212 と同一線上にある発言ですね。もう私はほぼ確信しているのですが、桜庭一樹さん作品は、東浩紀さんが唱えている「複

    後天性無気力症候群 :: 『赤×ピンク』以降の桜庭一樹作品を〈ゲーム的リアリズム〉の実現方法から分類してみる
  • ASTATINE:萌えの多様化。

    "And I look again towards the sky as the raindrops mix with the tears I cry." 萌えの多様化、と言いましたね。 >キャラゲーを楽しみたいなら、嗜好と一致した(かのように見える)萌えゲー(らしきもの)を買えばいいなんて簡単な話では済まなくなってきた >萌えの多様化による影響なのか、エロゲーをプレイする中で、唐突に自分の新しい属性に閃くこともあれば、萌え対象だったはずのヒロインが急に疎ましく感じることだってある >萌えの多様化が進んだことによりキャラゲーにも当たり外れが増えてきた、とだけ覚えておいてほしいです。それだけ萌えのハードルが引き上げられた、とだけ。 たぶん、以上の指摘は正しい。物語が消費される今の時代、人によって多種多様な価値観が生まれ、それはエロゲーというアンダーグランドにも踏み込んできた。私は、性的嗜好の

    simula
    simula 2006/01/08
  • Pasteltown Network Annex :: 『智代アフター ~It's a Wonderful Life~』 ネタバレインプレ

    というわけで時間がかかってしまいましたが、智代アフターのネタバレインプレです。長文だし、反転しちゃうとめんどいので反転なしで。思いっきりネタバレしてるので、未プレイの人はスルーしてください;。 この作品を地雷判定している人の多くは、作品のテーマを「永遠の愛(変わらない愛)」と考えて、ラストで朋也と智代が共に歩んでいけなくなってしまうなんてあり得ない(あるいは後味が悪い)と非難している様子。けれども、そういう即物的な物事の捉え方をしたり、死別・離別といった表面的な部分をなぞっている限り、この作品の質に近づくことはできないように思います。 結論から先に書いてしまうと、この作品は「努力だけでは叶わない現実による挫折」というキーワードから読み解いていくと分かりやすいです。 作では、「人生の宝物」という言葉がキーワードに使われていましたが、「人生の宝物」とは何か。「智代」とか「永遠の愛」とか、あ