そもそも、東浩紀にとって柄谷行人とはどのような存在だったのか。それを問うことは、柄谷行人にとって東浩紀がどのような存在だったのかを知ることに繋がる。てっとり早いのは、『郵便的不安たち』(一九九九)を読むことだろう。この評論集は『郵便的不安たち#』(二〇〇二)『郵便的不安たちβ』(二〇一一)とタイトルを変え、二回に渡って文庫化されている。その度に内容を大きく入れ替えているため、私たちは『郵便的不安たち』のテクストを二種類に分けることができるように思われる。すなわち、いずれの『郵便的不安たち』にも収められている中核的なテクストと、そうではない周縁的なテクストに。だが、事態はそう単純ではない。『β』にのみ収録されているものの方が、時期的にあとのものだという意味で重要だとも言えるからだ。だとすれば、私たちにはもはやなにが中核的でなにが周縁的なのかを決められない。つまり、『郵便的不安たち』にもまた脱