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日本と歴史に関するsoramifanyanのブックマーク (5)

  • 戦後の世界経済が俯瞰できる本 - Chikirinの日記

    「今年は無職だし、でも読むか」ということで、「月に2冊はを読む。(ただし暇な月のみ)」という目標を立てました。やや目標が低めではないかと思われるかもしれませんが、これでいいんです。あんまり高い目標をたてると大変ですから。 で、早速1冊読んでみました。 経済危機のルーツ ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか 作者: 野口悠紀雄出版社/メーカー: 東洋経済新報社発売日: 2010/04/09メディア: 単行購入: 3人 クリック: 74回この商品を含むブログ (36件) を見る 尊敬する野口悠紀雄先生のです。元々は2008年-2009年の週刊東洋経済の連載なので、ちきりんも一度は読んでるんですけど、で通して読んでみたらその内容が非常によく理解できました。 戦後の世界経済の変遷が概観されてます。(のタイトルとはやや違います。)ここでは世界大戦が終結した1945年からリーマン

    戦後の世界経済が俯瞰できる本 - Chikirinの日記
  • ひろぶろ : その記事は既に無いんよ。

    2011年12月01日00:00 by hineri その記事は既に無いんよ。 カテゴリ雑記 今このページを見てるって事は、君は旧ひろぶろの記事を閲覧しようとしてここへ来たんだね。 でもその記事はもう無いんだ。 詳しくはこのブログの「このサイトについて」の所に書いてあるけど、 今“この”サイトを管理している「僕」は初代管理人じゃない。 で、君がどんな記事を見ようとしたのかわからないけど、 その記事は管理人が代替わりする時に消えちゃったってわけ。 正直言って「僕」にもよく分からないんだよ。 どこまでが運命で どこからが選んだ人生なのか まさか「僕」が「ひろぶろ」の管理人になるとはね…。 フフフッ でもまあ、今は「僕」が、面白おかしくもちょっと怖い動画とかをさ、 毎日新しく頑張って更新してるから、是非このブログのTOPへ行って、 最新のオモシロ動画、ネタ動画を閲覧してみてちょ。 だって君は

  • [COMIC]石ノ森章太郎が伝説の奇譚を漫画化した問題作、待望の復活─ 『劇画家畜人ヤプー【復刻版】』レビュアー募集 - webDICE

    三島由紀夫、澁澤龍彦、寺山修司なども賛辞を寄せる、戦後最も影響力を持つ奇書。それを石ノ森章太郎がコミックとして完成させた『劇画家畜人ヤプー』が復刻版としてポット出版より3月18日に発売されることになった。 書は1971年に都市出版社から、1983年に改訂を加えて辰巳出版から刊行された漫画『劇画家畜人ヤプー』を新たに復刻。今回の復刻に際して、丸尾末広(漫画家)による解説文を追加収録している。ここで描かれる夢幻的な世界にある細部にわたる奇妙なリアリティは、石ノ森氏の特徴的なキャラクター造形と筆致、そして原作同様に繰り返される事細やかな注釈により、小説とはまた異なるインパクトを増している。〈これは日文化の解体、殺戮であろう──〉という丸尾氏の言葉にもあるように、残酷さと滑稽さの間を貫かれる強烈な刺激と、オリジナリティを持つ未来世界は、またしても疲弊する現在の日社会とカルチャーへのカンフル剤

    [COMIC]石ノ森章太郎が伝説の奇譚を漫画化した問題作、待望の復活─ 『劇画家畜人ヤプー【復刻版】』レビュアー募集 - webDICE
  • 1880年代日本の彩色写真とファルサーリの物語

    黒船来航1853年、開国1854年、そしてこれが1880年代の日。 撮ったのはアドルフォ・ファルサーリ(Adolfo Farsari)です。過ぎし日の世界を今に伝える写真。息を呑むばかりですね。 写真に劣らず興味が尽きないのが、ファルサーリの生涯でしょう。 北イタリア生まれ。ナポリで陸軍入隊。借金から逃げるようにアメリカに渡り、奴隷制廃止運動に傾倒し南北戦争では北軍に入隊します。書物だけ頼りに独学で写真を覚えて独立、小金持ちの未亡人と結婚。2人の子宝に恵まれながらも離婚。またまた逃げるように単身日に渡って横浜で写真館を構え、土産物や出版物を手広く扱う会社を起業します。 なんかよくわからないけど、日初(?)のガイドブックも自分で調べて出してたみたいですよ。晩年はホームシックでイタリアに帰ってしまいますが。 カメラ大国日で最初に写真が盛んになった街は横浜と長崎。 1860年代から横浜

    1880年代日本の彩色写真とファルサーリの物語
  • イタリア人写真家が撮影した1880年代の日本の風景や風俗を伝える貴重な写真

    1880年代といえばまだほとんどの西洋人は日に自由に入国することができなかった時代ですが、明治時代初期の1873年に来日したイタリア人アドルフォ・ファルサーリは横浜に写真スタジオを開き、在留外国人と外国人旅行者に土産として販売するために数多くの写真を撮影しました。 熟練の職人によって1枚ずつ手作業で彩色された写真は幻想的な雰囲気を帯び、当時は生まれてもいなかった現代の日人が見ても不思議とノスタルジーを感じるものとなっています。 詳細は以下から。Adolfo Farsari – The Man Who Shot Old Japan | Quazen 写真は当時の日人にとっては非常に高価だったため購入者のほとんどは外国人で、観光客にアピールするような主題が選ばれています。 Image Credit ファルサーリも自分の写真を芸術としてではなくビジネスととらえていたようで、撮影された人々の

    イタリア人写真家が撮影した1880年代の日本の風景や風俗を伝える貴重な写真
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