自分は思い返すと、扱いづらいイヤな子供だったと思う。気に食わないことがあると泣き叫んで、1時間も2時間もへそを曲げたまま家族とまともに話をしないような子供だった。自分が子育てをする側に回り、自分の子供だけでなく他の子供も保育園繋がりで目にすることもあるので今ならわかる。子供には、いい子供とイヤな子供がいて、自分はイヤな子供だった。そういう扱いづらくてイヤな子供に対して、大人たちが目配せしながら、あの子はちょっとなどと言われるような、そういう子供だったと思う。 自分のそういう扱いづらい性分は今も精神性の中心に残っている。性格というのは複雑なもので、自分の場合、そういうイヤなところに関連して、道徳心の強さや他人への共感の強さというプラスの面もおそらくあるので、友人や家族は、私に対して呆れながらも付き合ってくれている。妻は、だいぶ私に対して信頼をなくしているようではあるが。 また、キャリア的には

