万治の石仏(まんじのせきぶつ)は、長野県諏訪郡下諏訪町東山田字石仏にある、江戸時代前期の1660年(万治3年)に造られた石仏。所有者は下諏訪町で、同町の指定有形文化財に指定されている(1982年(昭和57年)3月26日指定、登録名「万治の石仏(みたらしの石仏)」)[1][2]。砥川を挟み、諏訪大社下社春宮の対岸に位置する。所在地の小地名「石仏」も同石仏に由来する。 1970年代に芸術家の岡本太郎が紹介したことで日本全国に広く知られるようになった[3]。 「万治の石仏」は、下諏訪商工会議所を権利者とする登録商標でもある[4]。 「万治の石仏」の名の由来である胴体脇の銘「南無阿弥陀仏 万治三年十一月一日 願主 明誉浄光 心誉廣春」[注釈 1] 高さ2.6メートル、幅3.8メートル、奥行き3.7メートルの安山岩(含角閃石普通輝石安山岩)をそのまま胴体とし、その上に高さ約65センチメートルの仏頭を

