1971年東京生まれ。イラストレーター。ドクロ服、ドクロ雑貨集めに情熱を燃やしすぎている。ほかにはワニ、ウツボ、ハダカデバネズミなど毛の生えていない動物も好む。著書に「しろねこくん」、「ココロミくん」、「ひとみしり道」、「ばかスイーツ」などがある。(動画インタビュー) 前の記事:「熱さまシート」になるのはどれだ(デジタルリマスター)
1971年東京生まれ。イラストレーター。ドクロ服、ドクロ雑貨集めに情熱を燃やしすぎている。ほかにはワニ、ウツボ、ハダカデバネズミなど毛の生えていない動物も好む。著書に「しろねこくん」、「ココロミくん」、「ひとみしり道」、「ばかスイーツ」などがある。(動画インタビュー) 前の記事:「熱さまシート」になるのはどれだ(デジタルリマスター)
大阪在住のフリーライター。酒場めぐりと平日昼間の散歩が趣味。1,000円以内で楽しめることはだいたい大好きです。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーとしても活動しています。(動画インタビュー) 前の記事:24時間営業でセルフスタイルのうどん屋「惑星のウドンド」のこと 山形のラーメンが食べたくて、旅 先日、どうしても山形に行くしかなくなった。山形のラーメンが食べたくて我慢ならなくなったのだ。私の両親は東北の山形県出身で、父の仕事の都合で一家で東京に出てきたのだが、その後もことあるごとに山形に帰省していた。 一応、物心がついた時から東京で育ってきた私だが、お盆や正月に家族で山形に行くのが楽しみで仕方なかった。父方の実家にも母方の実家にも歳の近いいとこがいて一緒に遊んでくれたし、叔父や叔母、祖父や祖母も私に優しくしてくれた。 親戚たちのおかげで大好きになった山形だが、そこで食べるものもやけに
1985年福岡生まれ。思い立ったが吉日で行動しています。地味なファッションと言われることが多いので、派手なメガネを買おうと思っています。(動画インタビュー) 前の記事:さりげなく自分の顔を確認できる鏡(デジタルリマスター) > 個人サイト Web独り者 彼女がいる風の地主恵亮 しめ縄を飾る意味 お正月はもう随分と前に過ぎてしまったけれど、その時のことを思い出して欲しい。できれば12月の終わり頃から。スーパーなどに行くと「しめ縄」を売っていたはずだ。藁で作られ、そこにはダイダイやユズリハなどもついていたかもしれない。 しめ縄です! 最近はしめ縄を飾らない家も増えたけれど、一般には玄関に飾る。以前は自動車にもしめ縄を飾った。1988年に書かれた「伊勢郷土史草第25号」を読むと、自動車用のしめ縄についても書かれているので当時はそうだったのだ。 ドント焼きでしめ縄を燃やします しめ縄は、年神様を迎
はじめて知った。 甲府って、ハイカラなのだ。 今は圧倒的に武田信玄とほうとうの街として知られてるけど、空襲で焼けてしまう前の甲府は、西洋風のハイカラな街として知られていたらしい。 そんなハイカラな甲府の面影を探ると、出るわ出るわ、ハイカラな美味しいものたちが。 東京と縁の深い甲府だけれど 駅前はそこはかとない八王子っぽさがある 東京から甲府へは2時間程度。 中央線や中央道、古くは甲州街道でつながっている。 江戸幕府の直轄領だったこともあり、東京とは縁の深い街だ。 今は信玄推しだけど、江戸時代は徳川の街だったのだ(秀吉の大阪もそうだけど) 駅前だけ見ると、セレオがあって、ヨドバシがあって、新宿さぼてんやヴィドフランスなど見知ったチェーンが入っていて…自分の住む西東京の街のひとつと言われても違和感がない。 甲府には、山梨にしかない西東京予備校もある そんな甲府だけど、太宰治が甲府を評した有名な
1988年神奈川県生まれ。普通の会社員です。運だけで何とか生きてきました。好きな言葉は「半熟卵はトッピングしますか?」です。もちろんトッピングします。(動画インタビュー) 前の記事:「五反田の成城石井が涼しい」というのは本当か? 恐山に行った 8月の中旬頃、夏休みを利用して恐山に行った。前々から行きたいと思っていたが、ある日「いつ行けなくなるかわからないから行くしかない!」と思い立った。 ホテルは取れたが、新幹線の席が取れない。窓口に行ったら「立ち席ならあるんですけど」と言われ、聞いたら「指定された車両のデッキに立つ席」で少しだけ安いらしい。3時間立ちっぱなしかと思ったが、良い経験なので立ち席を予約した。 乗ったところ、立ち席は自分だけかと思っていたが、海外の人が多くいて、外国の電車に乗っているような気分になった。 ちなみに帰りも立ち席だった。夏休み、恐るべし。 そんな中でなんとか着いた。
「健やかなるときも、病めるときもアホなことだけを書くことを誓いますか?」 はい、誓います。 1974年生まれ。愛知県出身、紆余曲折の末、新潟県在住。 前の記事:川口浩探検隊のように近所を探検する > 個人サイト 日本海ぱんく通信 ホテルナンデス 五月某日、22時。新潟県燕市にある「公楽園」に到着した。 真っ暗闇の中、国道沿いにポツンという感じに建っていた。 廃墟と呼ばないで 車を停めて、フロントへ向かう。 フロント正面のガラスブロックは所々割れていた。 もしかするとその昔、「公楽園から卒業する」などと言って、金属バットでガラスを破壊して回る不良生徒がいたのかもしれない。 一泊2,900円!! そしてその壁の脇には、創業25周年特別企画の料金表が掲示してあった。 創業は1976年ということだから、この特別企画は2001年からやっている計算になる。 フロント フロントで料金を支払うと「5号室に
小学生の頃サンタさんにもらった家庭用ミシンが、ついに壊れた。 もう使えないが、子ども時代の色々な思い出がつまっていて、なかなか捨てられない。 このミシンと最後の思い出づくりに、旅行に行くことにした。 家の中しか見たことがない家庭用ミシンに、家庭以外の風景を見せてあげたい。 愛用のミシンが壊れる 小学生から使い続けているミシンが、ついに壊れた。 一ヶ月前から、縫う時に「ガシャッ、ガシャッ」という異常な音がするようになっていたが、ちょっとした反抗期みたいなものだろうと、特に気にしていなかった。 音はうるさいけど、問題なく縫えているし、時間ができたら修理に出そうかな〜、と思っていたのだが、ある日静かに動かなくなった。 反抗期のレベルを超えて、ひたすら沈黙するミシン ミシンの後ろに書いてあった修理センターに電話したら、全く関係ないおじさんにつながった。修理サービスの会社がなくなっていたのだ。 どう
専門家と街を歩くシリーズ、今回は都市景観を専門とする八馬さんと渋谷を歩く。再開発で工事されつづけている渋谷には土木的な見どころがたくさんある。 土木を見る専門家 八馬智さんは千葉工業大学創造工学部デザイン科学科の先生であり、都市の景観のスペシャリストであり、『日常の絶景』『ヨーロッパのドボクを見に行こう』などの著書がある。ものすごくざっくり言うと「この橋はかっこいいですね」と言ってくれる人である。 八馬さん自身は渋谷をめったに訪れないらしく、フレッシュな視点で見てくれるようだ。 といっても、そもそも土木を鑑賞したことがない。街にはどのような土木がありどのようにかっこいいのか。八馬さんと渋谷を歩いた。 右が八馬智さん、左はデイリーポータルZ林雄司 渋谷駅西口のバス・タクシー乗り場あたりに来ました。この柱っぽいものは土木? 林:たとえば目の前にあるこれは土木ですか? 八馬:土木と言っていいと思
神奈川県逗子市。 鎌倉と葉山と横浜に囲まれて、セレブがハーバーでヨットしてるイメージがあるけれど、実は京都・奈良などと並ぶ古都であることをご存じだろうか。 鎌倉市とともに、古都保存法における10市町村のうちの一つなのである。 ご存じだろうかといいながら私自身最近知ったのだけど、 古都という目線で逗子をめぐるとこれが楽しい小旅行となった。 カリフォルニア感あふれる陽キャな街、逗子 東京のベッドタウンである神奈川県北部出身者にとって、湘南の海沿いの街というのは妙にキラキラして見えるものだ。 だからこそ古都とのギャップを感じるのだけど、鎌倉ほどの全国的知名度はないだろうから、先にどんなイメージの街か写真で説明したい。 海沿いには1970年代に作られたヨットハーバーのあるリゾートマンション群、逗子マリーナがあったり、 冬でもヤシがフサフサだったり、(背の高いワシントン椰子は零下でもギリ耐えることが
趣味は食材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。(動画インタビュー) 前の記事:かんすいの代わりに木灰を使う、伝統製法の沖縄そばを自作したい > 個人サイト 私的標本 趣味の製麺 鮎の石焼を食べに行こう イベント前日は用事があったので、当日に新潟港を朝六時に出るフェリーに乗ったものの、八時半から始まる伝統鮎漁の見学には間に合わず。佐渡南部の羽茂大崎地区にある会場へとたどり着いた頃には、おじゃるずという頭の長い大道芸人がショーをやっていた。 その横でシルバーの髪にロッド小さめのパーマをきつめにあてた、おでこにサングラス、白のランニングというダンディな筋肉質のおじさんが、四角い石の上で味噌のようなものを焼いている。 これはどういう状況なのだろう。 この味噌みたいなものが、もしかしたら鮎の石焼なのだろうか。それに
ストリートビューを見ながら地元の人しか知らないささいな話を聞くシリーズ。今回はJUNERAYさんが宮城県仙台市を案内します。 案内してもらった動画の文字起こしです。もとの動画はこちら。 台原森林公園がある旭ヶ丘駅にまた住みたい 林:仙台は初めてなんですよね。というか東北の人があんまりなかったんで楽しみ JUNERAY:仙台も北の方と南の方でけっこう町並みが違って。北の方はもともと、ちょっと昔の住宅街というかちょっと古い高級住宅街みたいなのが多いんですよね。 石川:はい JUNERAY:で逆に南の方をこの長町の辺りとかは今すごく開発が進んでて、大きい病院があったりショッピングモールがあったり。とにかく道路が広くてマンションが多いみたいな、そういうところなんですね。 JUNERAY:私が宮城とか仙台でも何カ所か住んでるんですけど、ご紹介したいところが旭ケ丘っていうところでして、中央の仙台の駅か
純喫茶と呼ばれる古い喫茶店が好きだ。 かつて最先端だったモダンな空間にそのままタイムスリップできる店や、歳月の分だけ店主の人柄が滲み出たような味わい深い店。そんな、いい歳の取り方をした名優のような喫茶店にロマンを感じる。 1975年出版の古い喫茶店本を読んでいたら、当時の新宿にあった喫茶店を網羅した貴重な記事を見つけた。 それらを昔の住宅地図と照らし合わせながらGoogleマイマップ上にマッピングし、45年以上を経て今も残る喫茶店を巡ってみた。 その先で素敵な店に出会い、マスターから当時の貴重なお話をうかがうことができた。 『喫茶・スナックのすべて 企画・設計・運営のチェックポイント』商店建築社、1975年 これがその古書だ。当時のプロ向けの本で、最先端の内装デザインや営業スタイル、今後の業界動向などが載っている。 過去の未来予想図としてこれ自体も大変面白いのだが、史料的価値がある!と特に
祭りといってもワッショイでもピ~ヒャララ~でもない、静寂閑雅な響きを感じる"夜"祭り。それに惹かれて予習ナシで行った。すげえ山奥だった。 すげえのはそれだけではない。 鳥居は栃木と茨城の県境にそびえたち、日本最大級、すげえデカい大フクロウの像まである(写真はない)。 そして、氏子の皆さんに支えられた、ローカルであたたかいすげえひっそりとした祭事だったのだ。
福島県が、新潟県と山形県の間に細長く続いているのが見みえると思う。三国茶屋のあたりから飯豊山(いいでさん)の山頂を経て御西茶屋までが福島県の領土だ。 こういった細長い県境をぼくは勝手に「盲腸県境」と呼んでいる。 県境ではなく、市境ではあるけれど大阪市にも似たような所があり、すでにライターの大山さんが記事で紹介している。 このような盲腸境界は全国にいくつかあるのだけど、県境でこれだけの規模のものはちょっと珍しい。 「これだけ幅が狭いと、片足づつ山形県と新潟県において、福島をひとまたぎできるかもね、アハハ」なんて冗談はよく言うのだが、標高2000メートル近い山にわざわざ行ってそんな冗談をほんとに実行するひとはいない。 ただ、そんなことするやついないだろうなーと思うと、逆に行ってやってみたくなる。というか、むしろ県境マニアとして、どうしてもやりたい。 というわけで、僭越ながら私めが実際に行って写
1. 遥かに仰ぐ 富士の峰 希望も高き 我らなり 友と通いし 白き学び舎(や) ああ我らの 仮想小学校 2. 自由と英知の 育つ杜 明るく強く たくましく 若葉の青き この丘で ああ我らこそ 仮想小学校 3. 希望あふれて すこやかな 学びの窓に 風来たる 時代をつくる わこうどの ああ我らの 仮想小学校 まとめ こういうでたらめをやることでも、教訓は得られる。その1つは、いかに世の中のものがちゃんと考えられているかということだ。 自動生成など所詮ムリである。 あともう1つ。グーグルマップは素晴らしい。ありがとうグーグルマップ。ただ、今回ほんとうにやりたかった近くの山や川を探すことは残念ながらまだうまくできないようだ。くう。
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