高田博厚先生と友と神に ・ 形而上的アンティミスム序説 ――― 「僕の美と愛と信仰」 ――― 集合容喙(遠隔人心操作)と強制薬害の重篤な被害者です。 自分の本来の魂的生を貫くため、そして 集合容喙と強制薬害の事実を証言し国に問題を解明解決させるため、 この電子欄を書いています。(パリ大学博士) 1.非知 a) 根源における転回点としての非知 単に否定的な言表としての非知はそれ自体無であろう。非知が絶対的意識の運動であるのは、まだ私が〔物事を〕知る前の私の無知の一般的自覚としてではなく、その都度対象知を揚棄することによって自覚されるような、自分で獲得した非知としてなのである。それは、知ることを試みる前の、知の空虚な否定ではなく、あらゆる規定的な現実から身を引くための断念でもない。そうではなく、〔具体的に〕知るに応じてこの知のなかで、自分を非知として見出す、そのようなその都度内実に満ちたものと
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