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ブックマーク / blog.goo.ne.jp/reforestation (4)

  • 吉田松陰と佐久間象山と松平忠固 - 代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

    批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。 大河ドラマ「八重の桜」第二回「やむにやまれぬ心」を視聴した。吉田松陰と佐久間象山が国元蟄居となり、象山塾は閉塾になる。 このあまりにも有名な史実の影で、全く語られないエピソードを一つ紹介したい。吉田松陰と老中・松平忠固(信州上田藩主)の数奇な物語である。 これまで山のように吉田松陰論が書かれ、松陰はあらゆる角度から論じられてきた感がある。しかし、この論点は書かれたことがないと思う。日米条約の調印後、松陰が突然に過激になって老中・間部詮勝の暗殺を企て、討幕を叫ぶまでに至る、その要因は彼が敬慕していた老中・松平忠固と堀田正睦の失脚にあったと思うのだ。忠固と正睦の失脚はすなわち、松陰が懇願していた佐久間象山赦免の可能性が消えたということを意味したからだ。 私はこれまで上田藩士・赤松小三郎の復権

    吉田松陰と佐久間象山と松平忠固 - 代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives
  • 宮崎市定氏による長州史観への挑戦 - 代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

    「招魂とは」に目を見はりました。 (薩長公英陰謀論者) 2014-02-25 02:50:16 関さん、宮崎市定博士の紹介をしていただき、まことにありがとうございました。その『古代大和朝廷』(ちくま学芸文庫、1995年)所収の「東洋史の上の日」の最後の章(近世の日)にも、薩長の密貿易を含めて明治維新と近代化について述べてありますが、その中に「私の生国の信州・・」という表現があります(P280)。信州から京都に勉強にということ、宮崎市定博士は関さんの「大先輩」なのですね。 くだんの長州の対朝鮮密貿易から朝鮮の儒教の「招魂」の密輸入を引き出されたことに息をのみました。長州「招魂場」が靖国の起源であるということでとどまって、りくにすさんのように「招魂とはなんのことか」と思わなかったことを恥じます。 お話を勝手に敷衍してしまうこと忸怩たるものがありますが、長州の朝鮮との密貿易はおそらく、国際性

    宮崎市定氏による長州史観への挑戦 - 代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives
  • フィリピンに「日本=解放の手助け」論が成立しないのは何故か? - 代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

    批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。 最近コメントのやりとりで議論になった中から、気になった話題を独立したエントリーとして論じたいと思います。日は、私の5月13日の記事に対するコメントで、山澤さんが紹介して下さった「第二次世界大戦後、日へのアジア各国の評価」という記事について考えてみたいと思います。その記事は、アジア各国の指導者の中には、日がアジア諸国の独立の手助けをしたと考えている人々が多いという事実の紹介です。 「日はアジアの解放の手助けをした」という声を集めると、その中には、インドネシア人、インド人、ビルマ人、マレーシア人の声がよく出てきます。その反面、同じ南方であっても、フィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオス、パプアニューギニア、ソロモン諸島といった国の人々からこうした声は出てきません。これらの国々では「日

    フィリピンに「日本=解放の手助け」論が成立しないのは何故か? - 代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives
  • リチャード・クーと竹中平蔵のアウフヘーベン - 代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

    批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。 昨日の投稿記事の続きを書きます。日のケインズ派の「量ばかりに注目して質が分からない」という点でもう少し論じさせてください。 この間の日でケインズ主義の立場から積極財政政策の必要性を声高に叫んできた代表的な論客としてリチャード・クー氏がいます。竹中平蔵氏の主張するサプライサイド政策・緊縮財政政策が現在の日の状況下に照らし合わせて如何にトンチンカンかという点に関しては、基的にリチャード・クー氏の主張通りだと思います[クー氏の著作としては『良い財政赤字悪い財政赤字』(PHP、2001年)『日経済生か死かの選択』(徳間書店、2001年)などを参照]。 さて、私がクー氏に賛同するのは、彼のサプライサイド批判、マネタリスト批判に関してのみです。クー氏の政策に私が全面的に賛同しており、とくに

    リチャード・クーと竹中平蔵のアウフヘーベン - 代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives
    synonymous
    synonymous 2008/09/16
    しかし、経済学者ごときが、今後の目指すべき方向なんか示せるだろうか?政治のプロセスを経ないで、それを確定できるだろうか?
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