これは公に書くことが出来ない、 書きたかったけど書けなかった。 ひとりの元警察官とひとりの元受刑者 そんなエッセイをひっそり書こうと思う。 ■ 「そして彼はまた人を殺す」 「どうして殺したの?」 あの夜、私は一生で一度きりになるだろう質問をした。 この問いかけに人殺しである彼はこう答えた。 「アイツは決まりを破ったんだ・・死んで当然だろ?」 死んで当然・・・彼は自分や自分の周りにある、 流儀や掟に反したものを殺すことは・・・当然。 「悪いことでは無い」と考えていた。
『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』 寮美千子=著 西日本出版社 1000円(税抜) ※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします 人生、何が起きるかわからない。一生の中でまさか自分が、刑務所にいる殺人犯や放火犯と深く関わるとは夢にも思っていなかった。 そして、彼らによって人間観のみならず世界観まで大きく変わり、自分自身さえ深く癒されるとは……。 奈良少年刑務所 ことの始まりは、2005年に長編小説で泉鏡花文学賞をもらったことだった。これを機に、わたしの夢だった「地方都市暮らし」を実行、デザイナーの夫とともに、親類もいない奈良に引っ越した。 まるで毎日が修学旅行のようで、あちこち見て歩いているうちに「奈良には明治の名煉瓦建築がある」と聞いた。それが『奈良少年刑務所』だった。 立派で風格があるのに威圧感がない。まるでお伽(とぎ)の国のお城
──事件から2年が経過した。 遂に加藤智大被告の口から動機が語られた。 「派遣」「非モテ」というキーワードに、 少なからず共感した若者も多かった。 しかし、それぞれの若者が描いた「加藤」は、 被告自身の言葉で、打ち砕かれていった。── 昼の休廷時間、弁護士が喫煙所に足を運ぶことを知っていた。喫煙所で待ちぶせ、女性(31)は弁護士に懇願した。 「加藤君とどうしても会いたい。どうすればいいですか?」 2008年6月、東京・秋葉原で7人を殺害、10人を負傷させた加藤智大被告(27)に、彼女は会いたかった。事件を知ったとき、彼女はこう思った。 「やったね。一人で何かをなし遂げた。この人に会いたい」 加藤被告が事件直前に書き続けたネット掲示板の書き込みを、何度も読み返した。数秒単位の書き込み。自分に問いかけては、それに答えてみせる。自分と同じ孤独な人生だと共感した。 30歳で死のう。そう思っ
2008年11月16日 ネットカフェ難民にもなれなかった男の末路 ここでは表題の「ネットカフェ難民にもなれなかった男」のことを、仮に荻野光男と呼ぶことにする、この名前は彼の正確な本名とは異なっている。このエントリでは、彼について把握できる限りのことをただ単に書いていくだけであり、このエントリには何の未来も無いし、ただ彼の人生の一端が垣間見えるだけで、救われる者は誰もいない。 1 八月三一日、青葉唯石が渋谷のとあるマクドナルドでイー・モバイルを使ったネットの徘徊をしていたところ、一人の男が話し掛けてきた。男は荻野と名乗り、仕事が無いのでそのパソコンで日雇いのアルバイトの情報を検索させてくれと言う。唯石は面白がって、また人を集めるので翌日に再度ここに来て欲しいと告げるとその場でツイッターやらスカイプやら、様々な経路で人を集め、翌日には十数人が集まった。荻野は吃音がひどく、見知らぬ人に囲まれなが
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