愛媛県の宇和島市は中心市街の三方を山が囲み、残る一方が海に面した立地である。そして宇和島城は、その海に面した山の上にあった。江戸時代から埋め立てが進み、現在、海は宇和島城から遠くなっているが、それでも天守から眺めると、市街の向こうに、波が光に輝く豊かな海が広がっている。 三方を山が囲んだ宇和島は、歴史的には陸路よりも海路の要として重要な位置を占めた。宇和島の西側に広がる宇和海はそのまま豊後水道に続き、その先は九州に接する。そのまま海を北上して佐多岬を越えれば、古代以来の重要な海の道であった瀬戸内海に至る。また宇和海から南に進路を取って足摺岬を回り込めば、高知に到着し、そのまま四国に沿って東進すれば、和歌山に到着する。まさに宇和島は海運の重要拠点だった。 宇和島に近世城郭をはじめて築いたのは、藤堂高虎だった。1595(文禄4)年に伊予国宇和郡7万石を豊臣秀吉から与えられた高虎は宇和島に入って
