2006年3月11日 ジョン・ピルジャー antiwar.com 原文 1993年、私は4人の知人とともに、秘密裡に東ティモールを訪れた。インドネシアの独裁政権が東ティモールで犯しているジェノサイドの証拠を集めるためだった。この小さな国については徹底的な沈黙が行き渡っていたため、訪問前に手に入れることができた唯一の地図はといえば、東ティモールは空白のままで「地理データ不足」とのスタンプが押されていたほどである。けれども、残虐な軍隊により東ティモールほど汚され暴虐を尽くされた地域はほとんどない。人口比で言えば、ポルポトでさえ、インドネシアの暴君スハルトが「国際社会」の共謀のもとで行ったほど多くの人々を殺すことに成功はしなかった。 東ティモールで私が出会ったのは墓だらけの国だった。黒い十字架が目に入った。丘の上の十字架。丘の中腹に並ぶ十字架。道ばたの十字架。それらの十字架は、乳児から老人まで、