ご無沙汰してます。 いまだ時々拝読してます。 「空気を読む」という言葉のいやらしさは、 ひたすらにその抑圧的な態度からきてるんじゃないか、と。 党派間の小競り合いのようにもなりがちな気がします。 例えばブルーチーズが好きでも「空気を読め」だのなんだのと、 ブルーチーズが嫌いな人からそう言われると(私の味覚はおかしいんじゃないか、と)多分誰にも言わなくなりますし。 なんか喩えが間違ってる気もしますが、 ご容赦を。 ども。 今後も宜しくお願いしたいところです。 卑近な例としては昼休みに目的なく、 自己目的化している女集団のお弁当食べサークルですかね。 空気を読んで、意味もなく一箇所に集まってお昼を食べなければならない。 しかしその状況を作り出しているのは、 紛れもなく彼女たち一人ひとりなのです。 ああ、彼女たちに少しの独立心と勇気があれば! そう願わずにはいられません。