ブックマーク / gendai.media (8)

  • 731部隊の元少年兵が激白…「残虐な人体実験が我々の日常だった」(現代ビジネス編集部) @gendai_biz

    731部隊にいた10代の少年兵たち 「任務が終わった夜に同期の友人と会うと、お互いの業務内容を話していました。『今日は人体解剖をした』『軍用犬に細菌兵器を運ばせる訓練をしている』なんて人もいましたね。まだ10代でしたけど、当然施設内で生物兵器を作っていることも知ってましたよ」 たった14歳で731部隊に入隊した元少年兵の須永鬼久太氏(92)はこう語る。 関東軍防疫給水部部、通称「731部隊」。満州のハルビン市近郊に拠点を構え、表向きには兵士の感染症予防や安全な給水システムに関する研究を行っていた。しかし秘密裏に非人道的な人体実験を繰り返し、実戦での使用を目指して生物兵器を開発していたとされる。 14歳から17歳という多感な青春時代を、須永は「日陸軍史上もっとも残虐」とされる部隊で過ごした。戦後75年が経ち、731部隊の実情を証言できる元隊員は少ない。満州の地で、彼はいったい何を見たのだ

    731部隊の元少年兵が激白…「残虐な人体実験が我々の日常だった」(現代ビジネス編集部) @gendai_biz
    takano-y
    takano-y 2020/08/16
  • 「ヒロヒト、ヒロヒト……」昭和天皇は二・二六事件で何を語ったか(辻田 真佐憲) @gendai_biz

    昭和天皇は、1981年1月17日、落成して間もない現在の警視庁部庁舎を視察したおり、今泉正隆警視総監にこう訊ねている。 「色々な重要な施設等暴漢例えば、2・26の如き折、充分防護は考えていようね」(「富田メモ」)。 「2・26の如き」とはいうまでもなく、二・二六事件のことだ。1936年2月26日、国家改造を企図した青年将校に率いられた陸軍部隊の一部が、首相官邸や警視庁などを襲い、永田町一帯を占拠した、いわゆるクーデタ事件である。 これにより、高橋是清蔵相、斉藤実内大臣、渡辺錠太郎教育総監が殺害され、鈴木貫太郎侍従長(のち首相になり、終戦に尽力)が重傷を負うなどした。 事件は数日で鎮圧されたものの、昭和天皇は生涯にこの日のことを忘れなかった。だからこそ、1981年になっても、「二・二六事件のようなことが起きても、この建物は大丈夫だろうね」と訊ねたわけである。 しかも、側近の日記によると、毎

    「ヒロヒト、ヒロヒト……」昭和天皇は二・二六事件で何を語ったか(辻田 真佐憲) @gendai_biz
    takano-y
    takano-y 2020/03/01
    磯部浅一の獄中手記は中央公論新社から絶賛発売中だよ。興味があったら読もうね
  • 東大卒の養父から性的虐待…戦争孤児が回想する「奴隷のような日々」(石井 光太) @gendai_biz

    「どうしても駄目なら自殺します」 終戦の年の昭和20年の12月、神奈川県横須賀市の浦賀港に到着した引揚孤児たちを引き取るところから、春光学園の歴史ははじまった。その翌年には、横浜駅や横須賀駅にたむろする県内の浮浪児たちも送り込まれてくるようになった。 日で児童福祉法ができたのは、昭和22年のことだった。この法律は、戦後の困窮する子供たちや孤児たちを救済するためにつくられたものだ。これによって、春光学園は児童養護施設となり、決まった生活扶助費を受けられるようになった。 だが、補助金だけでは子供たちにとって満足な生活環境を整えることはできなかった。 終戦から3年が経っても、日糧事情は悪化したままで、米や肉といった事は夢のまた夢、1日3度の事がサツマイモだけということもあり、日によっては水芋といって煮ても焼いてもべられないようなものが出されることもあった。 そして、その糧事情の悪

    東大卒の養父から性的虐待…戦争孤児が回想する「奴隷のような日々」(石井 光太) @gendai_biz
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    takano-y 2019/09/27
  • ついに「相談役」へ…72歳、島耕作はいつまで「現役」なのか?(現代ビジネス編集部) @gendai_biz

    『課長 島耕作』の連載スタートから36年。部長、取締役、社長、会長と順調に出世していった島耕作だが、日ついに相談役に退くことになった。日のサラリーマンの象徴として、日経済を引っ張ってきた男は、これからどうなっていくのだろうか。72歳になっても、女性関係は現役でいられるのか。様々な角度から、著者・弘兼憲史氏に訊いた。 ▼マンガ無料公開中! 会長→相談役の流れを振り返るには下記から▼ 『会長 島耕作』最終話はコチラ 『相談役 島耕作』第1話はコチラ 島の会長職は点数にして50点 ――「あの島耕作が会長を退任してついに相談役に!」と世間がざわついていますが、きっかけはあったのでしょうか。取締役時代から共にテコット(旧初芝電産)を率いてきた前相談役・万亀健太郎の胃がんも発覚しています。 弘兼憲史(以下、弘兼):万亀の病気もきっかけの一つですが、一番大きいのは時期ですね。2013年8月に会長に

    ついに「相談役」へ…72歳、島耕作はいつまで「現役」なのか?(現代ビジネス編集部) @gendai_biz
    takano-y
    takano-y 2019/08/22
    この年まで辞めさせてもらえないと、逆に地獄では
  • 知られざる「麻薬大国」ニッポンの裏面史~芸能界「薬物汚染」の源流はこんなところにあった!(辻田 真佐憲) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)

    知られざる「麻薬大国」ニッポンの裏面史~芸能界「薬物汚染」の源流はこんなところにあった! 戦争・麻薬・カネ 文/辻田真佐憲(近現代史研究者) 芸能界の薬物汚染と太平洋戦争 近年、有名人の薬物事件があとを絶たないが、これは何もいまにはじまったことではない。歴史を振り返れば、太平洋戦争の敗戦直後から、芸能界に薬物汚染は広まっていた。当時よく使われたのは覚醒剤、いわゆる「ヒロポン」である。 漫才師で、のちに参議院議員に転身した下村泰は、1984年6月の国会質疑において、ヒロポン中毒に陥った歌手たちの奇行を、次のように赤裸々に証言している。 いわく、楠木繁夫は、ギャラの契約をせず、「ヒロポンを一升瓶で何くれたら幾日間行く」といって仕事をしていた。 いわく、霧島昇は、ヒロポン中毒が進み、1曲歌っては「幕を閉める」といったり、アンコールまでいっているのに「アンコールまだだ」といったりして、司会の自分

    知られざる「麻薬大国」ニッポンの裏面史~芸能界「薬物汚染」の源流はこんなところにあった!(辻田 真佐憲) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)
    takano-y
    takano-y 2017/06/24
  • 「大人の発達障害さん」であるお妻様と「脳が壊れた」僕の18年間(鈴木 大介) @gendai_biz

    41歳で脳梗塞で倒れたものの、懸命なリハビリの末に見事現場復帰したルポライターの鈴木大介さん。鈴木さんが高次脳障害を受容するまでの行程を描いた記事は大反響を呼びました(こちらからお読みいただけます)。 そんな鈴木さんが、待望の新連載をスタート! 主役は、鈴木さんの闘病生活を支えた「お様」。鈴木さんと「家事力ゼロな大人の発達障害さん」だった「お様」が悪戦苦闘しつつ、「超動けるお様」になるまでの笑いあり、涙ありの日々を毎週お届けします。 15時16分、お様起床 フリーランスの執筆業なので、自宅2階の寝室隣が、職場という名の仕事部屋。特に打ち合わせや取材などで外出予定がなければ、朝7時の起床後に1階茶の間に降りて軽く掃除だけやって、すぐに仕事部屋にこもる。 誰に管理されているわけでもないが、1日の理想のスケジュールは、軽をとりつつも15時ぐらいまで集中して、1日のタスクの大半をこなして

    「大人の発達障害さん」であるお妻様と「脳が壊れた」僕の18年間(鈴木 大介) @gendai_biz
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    takano-y 2017/04/20
  • 小説は誰にでも書ける!巨匠・筒井康隆が明かす「創作の極意」(筒井 康隆) @gendai_biz

    著者自ら「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」と語る『モナドの領域』がついに刊行された。その筒井康隆が「作家としての遺言」だと執筆した『創作の極意と掟』には、60年間書き続けてきた作家ならではの創作論が明かされていたーー。 作家希望者に助言したいこと 小説は誰にでも書ける。文章が下手だからこそ迫力が出る場合もある。まるきり文章になっていないような作品であってさえ前衛的な文学になり得るし、終始そのような文章で書かれた傑作さえ存在する。ほんの少しの助言で、初めて小説を書いた人の作品が傑作になることも多い。 実はこれは小生が何人かの作家希望者の文章に助言してきた体験から言えることなのだ。ならばその体験を文章にして、なかなか自分の思い通りの小説が書けない初心者や新人に助言し、時には中堅やベテランにもちょっとした示唆を与えてあげることはできないだろうか、という少し驕った考えがきっかけでこのエッ

    小説は誰にでも書ける!巨匠・筒井康隆が明かす「創作の極意」(筒井 康隆) @gendai_biz
    takano-y
    takano-y 2017/02/03
  • 自分は健常者だと思っている私たち全員が抱える「ある重い障害」(光岡 英稔,福森 伸) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

    2016年7月、相模原の障害者施設が襲われ、入所者19人が殺害された。 容疑者は犯行予告の手紙の冒頭に殺害理由として「世界経済の活性化」を挙げた。続けて「重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界」を望むとしたうえで、「障害者は不幸を作ることしかできない」と結んだ。 容疑者のしたことは断固として拒絶する。だが、彼の考えを突き詰めていったとき、私たちが日々の暮らしで馴染んでいる経済性や効率といった価値観を極端な形であれ、体現しているにすぎないのではないか。そう思えてくる。 踏み込んで言えば、彼はある意味で、現状の世のあり方によく適応し、「健常に」育ったのかもしれない。培った健常さが障害者の抹殺に行き着いたとすれば、その凶暴性は人間の能に根をもっているはずだ。 能のままの振る舞いと凶暴性に境界はあるのか。人間にとってのノーマルさ、障

    自分は健常者だと思っている私たち全員が抱える「ある重い障害」(光岡 英稔,福森 伸) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)
    takano-y
    takano-y 2017/01/05
    『「君は戦争したいかもしれないけれど、僕は全然したくない」けれども「君も生まれて来てしまったんだね。僕もそうだし、お互いしょうがない」』
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