ブックマーク / parupuntenobu.hatenablog.jp (1)

  • 【昭和考古学】「阪神飛行学校」と盾津飛行場(大阪陸軍飛行場) - 昭和考古学とブログエッセイの旅

    大阪の大和川河口、現在の南港口周辺に「第ゼロ代関西国際空港」建設計画があったことを、先日書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 「戦前、南港に空港を作る予定だったらしい」 この話は地元に伝わる伝説として小耳程度にはさんでいたものの、おばちゃんのゴシップだろうと気にしていませんでした。 これが事実とわかり早速調べ上げたのですが、資料を追っていくいくうちに「阪神飛行学校」という謎のワードに引っかかりました。 1.「阪神飛行学校」をめぐって 2.八尾空港の謎 3.盾津飛行場 4.盾津飛行場はどこに? 5.盾津飛行場最後の謎 1.「阪神飛行学校」をめぐって きっかけは、前回紹介した当時の新聞記事から。 この中に、 大正村(阪神飛行学校)も候補、それも将来の拡張も可能な有望株として名前が挙がっています。「阪神」と名がつくので、西宮くらいかなと勝手に推定してググってみる

    【昭和考古学】「阪神飛行学校」と盾津飛行場(大阪陸軍飛行場) - 昭和考古学とブログエッセイの旅
    takehirohattori
    takehirohattori 2019/11/02
    地盤の弱さとあるけど、建物は管制塔ぐらいなので、気になるだろうか?むしろ、降雨ですぐ沼のようになったらしいので、その辺かな。それ言い出したら、八尾空港も…なぜ左岸に作らんかったんや?
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