出会いから翻訳者としての関わりまですべて省くが、私にとってウィリアム・アイリッシュという作家はまるで遠い親戚のような存在、意識せずとも心の隅にいつも引っかかっているのだが、おおかたにとっては過去の作家、このコーナーで取り上げられるのがいかにも唐突に感じられることだろう。こんな機会が訪れたのは、今年9月に創元推理文庫のフェアで『ニューヨーク・ブルース』が復刊されたおかげなのだが、そのことを改めてお伝えすることさえできれば、この稿の目的はほとんど達したようなものだ。というのも、一人でも多くの方にぜひとも読んでいただきたいと心から願うアイリッシュの小説はただ一つ、その短篇集におさめられている「さらばニューヨーク」、原題 Goodbye, New York だからだ。 アイリッシュは、そもそもは文学の世界での栄光を追いもとめていた作家で、パルプマガジンを舞台にミステリを書きはじめるようになったあと