ブックマーク / zuisho.hatenadiary.jp (7)

  • 「他者に正しい価値観や規範を内面化させたい」という欲望 - ←ズイショ→

    先日、大学時代の後輩の男と久しぶりに会って酒を飲んでいたらこんな相談を受けた。 職場で男性社員同士が女子社員を品定めして順位をつけるようないわゆる下世話な話をしていて、その話に混ぜられそうになるのが嫌だ、と。 あまり角を立てるのは意ではないが、どう言うのがうまいだろうか、という話であった。 で、僕は自分の職場でそういう会話が発生してたら何ていうかなーと考えた結果、「少なくとも自分のいるところではそういう話は控えて頂きたい。自分のいないところでも他に女性スタッフがいるところでは控えるべきだろう。できれば勤務中にそういう話をすること自体もない方が好ましい。そういう話が好きな男だけの飲みの席で身内で楽しむ分には止める権利はないかもしれないが、その文脈を会社に持ち込むのは極めて好ましくない」とかになるかなぁと考えた。 まぁ、実際これを言える人そうでない人がいるし(僕は会社ではそこそこそういうの言

    「他者に正しい価値観や規範を内面化させたい」という欲望 - ←ズイショ→
  • 「自分の家族が殺されても同じことが言えるのか」への反論 - ←ズイショ→

    タイムラインにこの記事が流れてきて「まぁそうだな」と思った。 で、この記事に対して掲題のような批判が溢れかえってるのも目についた。 なのでこれを書いている。 「自分の家族が殺されても同じことが言えるのか」について僕が思ったことは「いや、直接の被害者遺族はそんなこととても言えないだろうしそう言う必要もないだろ」だった。 そして、だからこそ当事者じゃない誰かが「それでも誰かが言わなくちゃならないこと」を言うべきなんだろうと思う。そしてこの記事の筆者はまさにそれをやっているんだと思う。 自分の家族が殺されてしまった人にそんな殊勝なことを言えとはとても言えない。言えるわけがない。決して無理に言わせたりなんかしてはならない。 しかし、そのような視点を社会が持つことが同じような理不尽が繰り返されないために必要であるならば、それなら代わりに当事者ではない誰かが言うべきだ。 もしかしたら今不幸の只中にあっ

    「自分の家族が殺されても同じことが言えるのか」への反論 - ←ズイショ→
    teruyastar
    teruyastar 2019/05/29
    1人で死ねは広く考えないシンプルな感情だけど、指摘されて反省してた人たちは話し相手として信頼できる。遺族の気持ちを盾にした人も感情最優先の頑固親父という程度でまあ悪い人ではない。
  • 「私たちは複雑さに耐えて生きていかなければならない」 - ←ズイショ→

    自分が未だ小学一年生だった頃の時分、近所になんとかのおばちゃんと呼んでいた僕にとても良くしてくれた貴婦人があった。何がキッカケかは覚えてもいないが、当時の僕にとってそのなんとかのおばちゃんの家に遊びに行くのはとても自然なことで、行くとなんとかのおばちゃんの家にはおもちゃがたくさんあって、好きに遊んでいいとおばちゃんに言われたし、だから好きに遊んでいた。もう必要ないから貰ってくれて良いと言われ、お中元お歳暮で送るような菓子を詰める缶箱にいっぱいのキン肉マン消しゴムSDガンダム消しゴムとか、缶箱いっぱいのビックリマンシールとかをもらったりもした。どちらも僕と同級生との間ではそんなに流行っていた気もしないので、僕はそれを友達に自慢することもなく、一人で、家で、大切に遊んでいた。僕より少しかよっぽどか上の年齢の子供のブームだったのだろうと思う。今になって思えば、なんとかのおばちゃんは、子供が大学に

    「私たちは複雑さに耐えて生きていかなければならない」 - ←ズイショ→
  • 謝ったら死ぬ病の人に「間違ってない部分もある」のは当たり前 - ←ズイショ→

    僕はもう20年くらいインターネットに触れているんだけど元来集団への帰属意識が薄いもんで俺は俺、他人は他人と思ってやっていたのだけれど、ブログで頓珍漢なことを言っていたフリーアナウンサーがそれが原因でテレビ番組を降板させられたというニュースを聞いていわゆるネットスラングでいうところの「大勝利」という感覚を生まれて初めて覚えたので、「俺はこの件にけっこうよっぽど怒ってたんだなぁ」ってことと「年取ったんだな俺、気をつけよう」ってことを同時に思った。 それで、頓珍漢な人は頓珍漢なのでまぁいいとして「言い方は悪かったが考え方としては間違ってない、一理ある」みたいな評価を一定数見かけて、それに対してなんだかなぁと思っていた。 先日、「私たちは複雑さに耐えて生きていかなければならない」というタイトルのブログを書いたのだけど*1つまりはそういうことで、結局世の中のたいていの炎上・失言・暴走した正義ってのは

    謝ったら死ぬ病の人に「間違ってない部分もある」のは当たり前 - ←ズイショ→
  • 炎上して自殺したっぽい小泉さんを見かけて思ったこと - ←ズイショ→

    ブログが炎上して自殺した小泉みつお議員は一体何を書いてしまったのか? http://gigazine.net/news/20130625-koizumi-mitsuo/ インターネット面白炎上おじさんが、インターネット炎上自殺おじさんになってしまいました。死は、どう転んだって面白いもんじゃないですね。 僕もインターネット大好きおじさんをやっているのでやっぱこの件をどういう風に位置づけたらいいもんかなーとか時たま思いを馳せる瞬間というのがこの数日ありました。あーちゃん、のっち、小泉さん。のっちのっちかしゆか小泉、あーちゃん小泉中島知子くらいの頻度で考えました。カンヌのやつかっこよかった。 まぁ極端に分けると「炎上させたお前らが殺したもんやで派」と「自業自得やで派」になりますよね。それで言うとどっちでもないからめんどくさいんですけど。 まず、炎上させたお前らもうちょっと暴言慎めよ派っていうのは

    炎上して自殺したっぽい小泉さんを見かけて思ったこと - ←ズイショ→
  • 共感力に乏しい人間は意識的に相手の不自由に寄り添うほかない - ←ズイショ→

    あらすじ。 学生の頃当時同棲していた彼女(現嫁)が風邪ひいて寝込んでる時にコンビニで買ったご飯を届けるやいなや「よし、じゃあ俺にできることはもうこれくらいだから飲みに行くわ!」と言って部屋を後にしていたクズこと俺こと僕も見捨てられることなくそのままゴールインして今もなんとかかんとか結婚生活を営んでいます。 あらすじ終わり。 男性がなかなかできないへの寄り添い方 | パパラボ これ読んだんですけど。まぁ、結局夫婦論とか結婚論とかってコミュニケーション論であって、そういうのって詰まるところは程度問題で良い塩梅の匙加減を各々パートナー同士で探していければそれでいいよねってだけの話のはずなのに言語化するとなぜか極論に針が振れてしまいヌーの群れが殺到するみたいなありがちパターンですよね。ヌー! ヌー! って鳴きながらすごい土煙あげてやってくるヌー。たぶんヌー、ヌー! って鳴かないけど。 さて、人間

    共感力に乏しい人間は意識的に相手の不自由に寄り添うほかない - ←ズイショ→
    teruyastar
    teruyastar 2014/02/04
    自分が不幸なときはお前も一緒に不幸になれって、それ一緒にいるほど理不尽最大化しないか?
  • 2013年ジャンプ打ち切り漫画を振り返る(追記あり) - ←ズイショ→

    追記:2013/12/16 14:00 このエントリでは2013年に連載終了を迎えたすべてのジャンプ作品についてコメントを添えています。記事タイトルと記事内容に相違があるとの指摘がありましたので追記します。 追記ここまで なんかこう師走になって2013年を代表する○○みたいな記事とかを見かけてなにそれ羨ましい俺も書きたいしと思ったけどそういう定点観測だったり体系的理解とかが苦手で日々アホみたいに口開けて脳は寝たまんま脊髄でタイプを叩く俺には書けやしねぇよと思ったけど俺とお前の週刊少年ジャンプだけは熱心に買い続けてたのでそれでなんか書きましょう。いいねいいね。それやろう。 さて、今年もジャンプ編集部の皆様及びジャンプ作家の皆々様、真っことお世話になりましてありがとうございました。毎週月曜の最強エンターテイメント週刊少年ジャンプ様に助けられながら今年も僕は長く険しい52週を乗り切ることができそ

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