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ブログとメディアに関するtinkojiのブックマーク (13)

  • 競売される個人ブログとやら - 量産型ブログ

    サイトキャッチャー/サイトの詳細 http://sitecatcher.net/search_offer.php?item_id=213 少しだけ普通でないことが起きたものの、極めて普通の人間である私自身の日常を書き綴ったブログです。 メジャーなブログサービスのの総合ブログランキングで常にランクインしており、各種雑誌やTV番組でも取り上げられ、取材の依頼も多数来ている人気のブログです。 【サイトキャッチャーのコメント】 弊社代表も読者だった文字通りの有名ブログです。 それだけに、既に利権関係で縛られつつあるところに注意! 内容についてもう少し突っ込んで書きたいのですが、完全にバレてしまうので、申し訳ありません……。 ほぇ 2005年4月に始めた個人ブログだそうで。 ちょっと気になって調べてみたけど、興味のない界隈の事なのでさっぱり分からず。 ただなあ、なんだかなぁ、と言う気持ちになった。

    競売される個人ブログとやら - 量産型ブログ
  • 主語は一人称で願います - 量産型ブログ

    まあ、ブログに限らない話だけど、主語で「みんな」とか「我々」とか「庶民」とか「国民」とか「世間」とか「2ちゃんねら」とか「トカイモン」とか使われている文章って結構目にしますよね。 あれってどうよ?と思うわけです。 ネタ文章ならともかく、マジで書いているならホンとお寒い。 何かの代表で全権委任されているならともかく、そうでないならあくまで主語は一人称であるべき。「俺」でも「僕」でも「私」でも「我」でも「あたい」でも「朕」でもなんでもいいから。いつおまえは代表になったんだと、範囲の不明朗な主語を軽々しく使うな、とこう思うわけです。 主語は一人称で!これが我々国民みんなの願いです。

    主語は一人称で願います - 量産型ブログ
    tinkoji
    tinkoji 2006/02/16
    国民諸君の願いは朕に届きました。確かに我々全権委員はかっこ悪いと思います。アップトリム最大
  • web2.0企業の儲け方は手品的 - 煩悩是道場

    web2.0企業の儲け方は手品的 web H-Yamaguchi.net: 「Web2.0」と手品師のビジネスモデルを興味深く拝読した。 エントリの中で山口先生はWeb2.0企業がやっている事は手品師がタネあかしをして見せる事に似ている、と書いておられて、なるほどな、と思いました。 で、いろいろ考えてWeb2.0企業の儲け方そのものがユーザから見たときに手品的なのではないか、と思いました。 そこから発展してまたつらつら考えるに、こういう「あまりもうけなくていい」(誤解を招きやすいねこの書き方は)経営姿勢というのは、これからけっこう重要になってくるのではないだろうか。権利にこだわりすぎたり、有料化ばかりを志向したりとかしてると、かえって市場が育たなくなる。逆に、もうけなくていいって決めちゃったら、もうけようという会社はかなりつらい立場になる。古風にいうと、肉を切らせて骨を断つ、というたぐいな

  • シャアとアムロのweb論 - 最終防衛ライン3

    書き手のためのブログ論はクソブロガーを増やすだけ http://lsty.seesaa.net/article/12632759.html via まなめはうす http://homepage1.nifty.com/maname/ How to記事を鵜呑みにする奴は何がしたいのか分かりませんが、「伝えたいことがないのなら黙っておけ」ってそこまで言わなくても。僕は、ブログ書いてる人が何を考えて記事を書いてるのかに興味があるので、「読み手主体」よりも「書き手主体」の記事の方が面白いと感じる。また、他人が整理した論点を読むと、自分が思考を整理する際も参考になる。自分自身ではどうしても気がつかないことってありますし。結局読み手の問題だけども。 上記の記事から着想を得たので、「逆襲のシャア」におけるシャアとアムロの関係を元にweb論を展開してみようと思う。 クソブロガーが増えて困るとか、クソサイトが

    シャアとアムロのweb論 - 最終防衛ライン3
    tinkoji
    tinkoji 2006/02/04
    私もこんど沈黙の艦隊にたとえて同じようなことして、さらにわけわからなくしてみようかと思いました。
  • 「有名サイトがブログにしない理由」を教えてください。…

    「有名サイトがブログにしない理由」を教えてください。 たとえばイトイ新聞、また大手ポータルサイトなどでは、たくさんのWEB連載があります。 これらはどうしてブログ化されないのでしょうか。「送り手」→「受け手」のみの一方向の連載より、トラックバックにしてもコメントにしても、ブログの方がさらなるアクセスアップがあると思うのですが…。 他、たとえば個人でも、ブログができる以前から有名でヒットの多いテキストサイトは多くありますが、そこでもなかなかブログ化しない理由は何なのでしょうか。 「面倒であるから」というのは微妙に想像つくのですが、それ以外に何かデメリットなど、ブログにしない理由が分かりましたらお教え頂ければ幸いです。 URLは参考程度で構いません。

  • 考えるために書いた文章と考えた結果を書いた文章

    あれこれ書いて 文章って二通りだよなあって思った。私が書いているのは考えるための文章で、ほとんどの人が残す文章は考えた結果を書いた文章だって。思いつくまま書くから独り言を唱えるようで不気味だったけれども、よくよく考えたら「考えるための文章」だからそうなるんだよなって。 ちゃんと「結果」を書いている人は改めてエライなって思う。考えながら私は文章を書くから、納得いく文章をなかなか生み出せない。生み出しても「結果」を書いた人からしたらプロットに過ぎないから、相当詰まっているんだなって。ただ、私は「結果」をほとんどの場合残せない。想定読者を考えない独り言である場合が多々ある。だから、リンク先を想定したりして適当な相手を作る必要があったりもするし、何度も記事を書きなおしたり、書いたりする必要がある。 まあ、書き散らしだけれども、現状の私の力量ってそこまでなんだな。思いついた事をぱっと書いたレベル。だ

    考えるために書いた文章と考えた結果を書いた文章
    tinkoji
    tinkoji 2006/01/09
    P・オースターも文章を完成できぬ事に悩んだ様ですよ。完成させる必要なしと気づいて書ける様になったとか
  • トラックバックをめぐる4つの文化圏の文化衝突――「言及なしトラックバック」はなぜ問題になるのか [絵文録ことのは]2006/01/06

    「リンク」が絡む問題に関しては、「文化圏」というとらえ方でものごとを見ると、ネット上の議論もかなりすっきりする部分があるようだ。 ライブドアブログが、1月10日から「トラックバック元の記事にトラックバック先のブログURLが含まれていない場合、受付を拒否する仕組みを導入」すると発表した(livedoor Blog 開発日誌:年末年始を写そう!livedoor ピクスリニューアル、トラックバックスパム防止につきまして)。これは多くのブロガーからは「やっと導入か」という賛同の声も上がっているが、一方で「そんなことされたら、大量のトラックバックが送信できないじゃないか!」と激しく抗議するブログもあらわれた(CODY スピリッツ!:ライブドアブログのトラックバックスパム防止策導入についての文句をローゼンメイデン風に書いてみる)。 トラックバックするときに、相手記事への言及リンクは必要か不要か……トラ

    tinkoji
    tinkoji 2006/01/06
    文化圏シリーズは面白くてすきですよ。
  • ウェブの二つの文化圏の衝突【後編】ネガティブリンクと批判する側・される側の論理[絵文録ことのは]2006/01/05

    前編「無断リンク禁止問題にみるリンクする側・される側の論理」では、このネット上には大きく分けて二つの文化圏があり、ネットの特性に根ざした原住民型「リンクフリー文化圏」と、一般社会のルールに基づいた移民型「リンク許可文化圏」が存在していることを指摘した。そして、「無断リンク禁止問題」はその二つの文化圏の衝突(カルチャーショック)であり、解決は困難だろうという希望のない結論であった。 後編では、もう一つ、似ているが別の現象である「ネガティブリンク問題」について扱う。これは単純な作法だけではなく、「悪意」を含む・感じ取るという厄介な問題も含まれているので、項目を分けることにした。 ■批判は隠すべきか、明らかにすべきかという対立軸 今回もまた図にしてみた。 もう一つ、批判を匿名でやるのか、固定名(実名または固定ハンドル)でやるのかという軸を重ねるといいんだろうが、3次元グラフにするとややこしいので

  • ウェブの二つの文化圏の衝突【前編】無断リンク禁止問題にみるリンクする側・される側の論理[絵文録ことのは]2006/01/05

    いったい10年前から何回この話題はループしたら気が済むねん、という勢いで論争が繰り返されているのが、「無断リンク禁止」と「ネガティブリンクへの対応」の問題である。 ここ数日、はてなブックマークで急に話題になっているのが、「日一わかりやすいとまでは言えない「URL晒しがダメな理由」」というページで、このページ自体は2004年秋のものである。 ブログでは外部ページへの参照が活発で、さらにトラックバック機能までついているため、従来の「ホームページ」よりも自由にリンクが張られる傾向にある。そんななか、「儀礼的無関心」問題に始まり、最近の「はてなブックマーク暴言問題」に至るまで、特に「否定的リンク」「観察的リンク」の是非が問われてきた。 この辺の問題について、「リンクする側・される側」「批判する側・される側」の関係でとらえてみると整理できるんじゃないかと思って図を作ってみたのが今回のエントリーであ

  • http://drmikeneko.tripod.com/colum/colum022.html

    tinkoji
    tinkoji 2006/01/03
    図や絵が入っているので分かりやすいです。
  • デジモノに埋もれる日々: 「世界」は「ワタシ」と違う - ブログが教えてくれる当たり前のコト

    新年明けましておめでとうございます。 昨年は当に、ブログに尋常ならぬパワーを捧げた1年でした。 それもこれも、ご覧くださっている皆さまから多大な励ましを 頂いた賜物でございます。この場を借りて心より御礼申し上げます。 そして年もデジ埋をどうぞ宜しくお願いいたします。(・▽・)m さて、「新春コラム」 です。こんばんは。 ・・・・・元旦が日曜日(=「コラムの日」)です。 そこ、「毎日が日曜日だったいいよね~」とか言わない! 毎日が日曜コラムの日だったら気で泣きますから orz 「はてなブックマークのコメント欄で陰口叩く人マジウザイ論争」 というのが、少し前にありました。これに絡めて、ネットに於ける 身の置き方というテーマについて少しお話しすることにしましょう。 この種のお話は手を変え品を変え話題になるものですが、 今回の火種となったのはこちらの記事でした。 ■caramel*vanil

    デジモノに埋もれる日々: 「世界」は「ワタシ」と違う - ブログが教えてくれる当たり前のコト
    tinkoji
    tinkoji 2006/01/02
    分かりやすくていいですよ。
  • Zopeジャンキー日記 :ブログはフロー、Wikiはストック

    Goodpic.com : BlogとWikiの違いと、無意識に気づくこと http://www.goodpic.com/mt/archives2/2005/06/blogwiki.html で、Wikiとブログの違いについて、<Wikiは情報の整理。Blogは考えの整理>と書かれている。 ふだんWikiとブログを両方使っている人ならば、その「感じ」の違いを、身体で知っているはずだ。 ブログとWikiの違いを私なりに、キャッチフレーズふうに表現してみると、こんな感じになる。 「ブログはフロー、Wikiはストック」 「ブログは自分、Wikiは世界」 「ブログは時間、Wikiは空間」 「ブログは流れ、Wikiは構造」 「ブログは微分、Wikiは積分」 「ブログは変化、Wikiは全体」 「ブログは印象、Wikiは知識」 「ブログはPL(損益計算書)、WikiはBS(バランスシート、貸借対照表)」

  • hirax.net::inside out::2005年10月16日

    最新記事(inside out)へ  | 年と月を指定して記事を読む(クリック!) / 2001/ 2002/ 2003/ 2004/ 2005/ 2006/ 2007/ 2008/ 2009/ 2010/ 2011/ 2012/ 2013/ 2014/ 2015/ 2016/ 2017/ 2018/ 2019/ 2020/ 2005年9月 を読む << 2005年10月 を読む >> 2005年11月 を読む 広い景色を写真に写したい、と思うことがあります。そんな時、超広角のレンズを持っていれば、話はとても簡単です。景色にレンズを向けて、シャッターボタンを押せば良いだけです。ところが、そんな超広角のレンズを持っていなかったら、どうしたら良いでしょう?そんな時はしょうがないから、少しづつ違う方向にカメラを向けて、何回もシャッターを押して、何枚も何枚も写真を撮ります。そして、最後にそんな写真

    tinkoji
    tinkoji 2005/10/17
    視覚的イメージがすごく分かりやすい
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