秋葉原の事件を評してこれまでにも何度も繰り返されてきた通り魔犯罪である、とりたてて驚くまでもないのである、といった意見を散見する。犯罪そのものを眺めればそりゃそうだ、というしかない。人間の行動はそんなに変わらない。これは確かなことだ。弁慶だって京都の橋で夜な夜な通り魔を行っていた。かくなる人間の本質に対する悟性をもってすれば、秋葉原の通り魔にしたって驚くに値しない、というような意見は、しかしながらなぜわれわれが秋葉原の事件に感情の琴線をひかれてしまうのかということを説明しない。 決定的に異なっているのはログがウェブに公開されていた、という点である。ウェブをうろうろしている人間はそこにアクセス可能であった、知ることができた、しかしながら看過した、という点において当事者ポテンシャルの違いが決定的に生じている。ウェブにアクセスしている、という作動において、現場にいあわせた(かのような、ということ
秋葉原の事件を評してこれまでにも何度も繰り返されてきた通り魔犯罪である、とりたてて驚くまでもないのである、といった意見を散見する。犯罪そのものを眺めればそりゃそうだ、というしかない。人間の行動はそんなに変わらない。これは確かなことだ。弁慶だって京都の橋で夜な夜な通り魔を行っていた。かくなる人間の本質に対する悟性をもってすれば、秋葉原の通り魔にしたって驚くに値しない、というような意見は、しかしながらなぜわれわれが秋葉原の事件に感情の琴線をひかれてしまうのかということを説明しない。 決定的に異なっているのはログがウェブに公開されていた、という点である。ウェブをうろうろしている人間はそこにアクセス可能であった、知ることができた、しかしながら看過した、という点において当事者ポテンシャルの違いが決定的に生じている。ウェブにアクセスしている、という作動において、現場にいあわせた(かのような、ということ
ほとんど苦手ですが。難しいんよ。ほんとに。「表外」とは、1945字の常用漢字(2級対象)の、音読みと訓読み「以外」の読み方です。小学校から高校生ぐらいまでに習った、比較的優しい漢字なので、見たことはある。書ける。でも読めない!というのがたくさんあります。態がない。読み:さま、ざま常識を弁える。読み:わきまえる掟に殉う。読み:したがう決行の秋がきた。読み:とき具に観察する。読み:つぶさに欠点を論う。読み:あげつらう実に電話をかける。読み:まめに名声を縦にする。読み:ほしいまま徐に語り出す。読み:おもむろに失敗を詰る。読み:なじる恐怖に戦く。読み:おののく手紙を認める。読み:したためる会社の派閥を戦国時代に擬える。読み:なぞらえる態とらしい奴だ。読み:わざと落ち着いた設えが美しい家だ。読み:しつらえあの日は適彼女に会った。読み:たまたま事の発端は抑君の一言だ。読み:そもそも剰えこの期に及んで怪
少々、彼のことを思い出す機会があったので(後述)石井受刑者のことを調べなおしてみた。 彼の刑期は1年10カ月。そして、収監されたのは昨年のこの月、6月だった。 http://www.47news.jp/CN/200706/CN2007061101000586.html 石井元K−1社長を収監 脱税事件、体調改善受け 東京高検は11日、格闘技イベントの興行会社「K−1」の脱税事件で、法人税法違反と証拠隠滅教唆の罪に問われ、懲役1年10月の実刑判決が確定した元社長石井和義受刑者(54)を東京・小菅の東京拘置所に収監した。 東京高検によると、昨年12月の確定後、石井受刑者の健康状態は悪かったが、体調が改善したため収監したという。 (略)1、2審で懲役1年10月を言い渡され、最高裁でも上告を棄却された。 2007/06/11 10:29 【共同通信】 ということは、刑期の折り返し点を過ぎたという
不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 昨日の「バガボンド(放浪者)の経験知」というエントリーでも紹介しましたが、高山宏さんの『近代文化史入門 超英文学講義』という本は、すでに「デザイン関係者必読の本」として紹介させてもらった『表象の芸術工学』同様、ぜひ読んでおきたい一冊です。 『表象の芸術工学』が神戸芸術大学でデザインを学ぶ学生、院生に対する講義の収録だったのに対して、この本では、高山さんが本来専門としている、18世紀英文学が中心テーマとなっています。しかし、高山さん自身が「プロローグ」で以下のように書くように、その範囲は「英文学」などという領域をはるかに超えています。 これから、急ぎ足ではあるが、ぼくが30年かけて考えてきた「英文学」について記す。しかし、そのカヴァーする範囲は、いわゆる文学の領域を大きく「超
ハムレットは死ぬ間際にホレーショに、生き延びてことの真実を伝えてくれ、と頼む。「さもないと、私の汚名が後世に残ってしまう」。 この世界では、父王ハムレットは亡霊になるから、ハムレットは亡霊として自分の死後の世界を知ることができるが、現実には亡霊は存在せず、死んでしまったハムレットは、どのような汚名が流布されようと、それに苦しむことはない。 だから私が、「もし自分が理不尽に殺されたら、殺人犯を死刑にしてほしい」と言ったとしても、宮崎哲弥氏は動じないだろう。「死んだあなたは、殺人者がどうなったか絶対に知ることはできず、それは何らあなたの報復感情を満たすことはない。あなたがそのように言うのは、死後の世界というものを想定しているからだ」と言うだろう。 宮崎氏は、藤井誠二との対談本で、死刑制度に基本的に反対だと述べているが、それは世間のいわゆる死刑廃止論者とは全然違うとも言っている。現在の権力は「生
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