夜 [著]橋本治[掲載]2008年8月31日[評者]鴻巣友季子(翻訳家)■ある日、男はプイと出ていき戻らない 男がある日、プイと出ていってそれきり戻らない。長い月日が流れ、ある日また何事もなかったかのように帰ってくる。いったい男の心にはなにが起きたのか? 『夜』は、そうした男の不可解さを、娘や妻、あるいは愛人の目から描く5編から成る短編集だ。男たちは「男というより雄といいたい酷薄さ」を内に秘めているようで、そこが女を惹(ひ)きつけてやまない。 「不在文学」の中でも不条理を極める傑作に、米作家ホーソーンが書いた「ウェイクフィールド」という短編がある。ある日出かけた男が「一週間帰らなかったら妻はどうするだろう?」と思いつき、隣の通りに部屋を借りてなんとなくそのまま20年間「失踪(しっそう)」し、またあるとき、1日ぶりという顔で帰宅する、というものだ。『夜』における不在には、「愛人」というもっと