10代の頃から「面白ければ、誰でもつきあう」主義の僕には、元ヤンの友人もいれば、東大卒の友人もいる。 とにかく、いろいろな意味で面白い友人たちが多彩にいる。 僕が「面白い」と感じるレンジは広いし、成長すればするほどそのレンジは拡大していくので、友人が増えてしまい、1人あたりの関係濃度が薄まってしまうジレンマを抱えてしまうほどだ。 今回の記事では、直接の友人だけでなく、「東大」という属性について考えてみたい。 もちろん、これは個人的な印象なので、東大生の実像とか平均などではないことをあらかじめ断っておこう。 幼なじみがラ・サールから東大を受けて失敗し、早稲田に入ったので、浪人してた僕は1年遅れでその幼なじみと再会することになった。 1985年の頃の話だ。 彼から紹介された東大生は、新宿ゴールデン街の「深夜プラスワン」という店に入り浸っていた。 その東大生は卒業後に労働省(現・厚労省)で働き、