ブックマーク / www.uc-japan.org (20)

  • 統一教会HP創始者紹介ページ

    現代文明は、歴史を通して人類の英知を集めて築き上げた結実の世界である。 ところが、最も科学的・進歩的と自称していた共産世界は崩壊し始め、自由を誇ってきた民主世界も精神的荒廃が広く深く進んでいる。 人類は昔から重い病を患っていて、いろんな医者にかかり、さまざまな薬を投与され、あらゆる治療を試みてきた。 しかし、もはやどの医者も手におえない状態になってしまった。 治療法は病気の原因が何かで決まる。 もしその原因を見誤った場合には、いくら薬を飲ませても治らない。マルクスは、人類の病の原因は私有財産制にあると見た。だからそれを廃止すれば治ると思ったが、かえって悪化させてしまった。 2000年前に名医が来られた。しかし誰よりも名医を待っていたはずの人々が、最後までその名医の言うことを聞かず、従おうとしないで皆で殺してしまった。 そして、今日、文鮮明先生は人類の不治の病の原因を

    toraneko08
    toraneko08 2011/02/24
    (文鮮明)
  • 統一教会HP祝福紹介ページ(歴史)

    1961年5月15日、韓国において36組が合同祝福結婚式を挙げたのを はじめとして、1995年8月25日36万組まで40余万組が誕生しました。 60、70年代までは同民族同士が結ばれる合同結婚式が主に挙行され ましたが、80年代以降は大部分、国際合同祝福結婚を原則としています。 1960年4月16日(陰暦3月21日) ソウル市 龍山区青坡洞前部教会 金栄輝先生と鄭大和先生、劉孝元先生と史吉子先生、金元弼先生と鄭達玉先生 祝福の儀式は、第一次式「万物復帰の式」、第二次式「子女復帰の式」という順番で挙行されました。「ノアの家庭においても、また、アダム家庭においても、3人の息子とその嫁3人の6人、そこに父母を加えて8人が完全に決定したら、復帰することのできる勝利的な基台は造成されるのです」 (1960年4月16日に語られたみ言)

  • 統一教会HP祝福紹介ページ

    国際合同祝福結婚式(別称:祝福)は、全世界から集まった青年男女が、宗教・宗派、思想、民族や国境を越え、 平和世界の実現は根幹である家庭から始まるという信念のもと、神を中心とした家庭を築くために神を中心とした結婚式を執り行うものです。 1960年に第1回の合同結婚式が行われて以来、開催のたびごとに世界各地で多くの祝福家庭が誕生しています。 真のお父様卒寿祝賀記念 「2009太平聖代神文明平和祝福結婚式」 は 、世界各国で盛大に開催されました。  名称:真のお父様卒寿祝賀記念 「2009太平聖代神文明平和祝福結婚式」 祝福日時:2009年1月31日(土)午後5時 式典会場:米・ニューヨーク・マンハッタンセンターおよび、 祝福者対象国各会場 世界にはインターネットを通じて中継されました。 今回日からは451名の参加となりました。 参加者の皆さま、おめでとうございます。

  • 統一教会HP教会記念日ページ

    世界基督教統一神霊協会(統一教会)には大きな節目ごとに祝われる「八大名節」と 様々な勝利を記念する日として「記念日」があります。

  • 統一教会HP公認教会ページ(統一原理解説ビデオ)

    世界基督教統一神霊協会(統一教会) 東京都 渋谷区 松濤 1-1-2 Copyright(c) 1997- ,HSA-UWC. All rights reserved.

  • 第五章 メシヤ再降臨準備時代

    第一節 宗教改革期 第二節 宗教および思想の闘争期 第三節 政治、経済および思想の成熟期 第四節 世界大戦 メシヤ再降臨準備時代とは、西暦一五一七年の宗教改革が始まったときから、一九一八年第一次世界大戦が終わるまでの四〇〇年間をいう。 この時代の性格に関する大綱は、同時性から見たメシヤ降臨準備時代との対照において既に論述したが、ここで、もう少し詳細に調べてみることにしよう。復帰摂理から見て、更に、この期間は宗教改革期、宗教および思想の闘争期、政治と経済および思想の成熟期などの三期間に区分される。 第一節 宗教改革期(一五一七~一六四八) (一)文芸復興 (二)宗教改革 西暦一五一七年、ドイツでルターが宗教改革の旗を揚げたときから、一六四八年、ウェストファリア条約によって新旧両教徒間の闘争が終わるまでの一三〇年の期間を、宗教改革期と称する。この期間の性格は、中世封建社会の所産で

  • 第四章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代

    第一節 エジプト苦役時代とローマ帝国迫害時代 第二節 士師時代と教区長制キリスト教会時代 第三節 統一王国時代とキリスト王国時代 第四節 南北王朝分立時代と東西王朝分立時代 第五節 ユダヤ民族捕虜および帰還時代と法王捕虜および帰還時代 第六節 メシヤ降臨準備時代とメシヤ再降臨準備時代 第七節 復帰摂理から見た歴史発展 既に論じたように、復帰摂理の目的は、「メシヤのための基台」を復帰しようとするところにあるので、その摂理が延長されるに従って、その基台を復帰しようとする摂理も反復されていくのである。ところが「メシヤのための基台」を造成するためには、第一に、復帰摂理を担当したある中心人物が、ある期間内に、ある条件物を通じて、神のみ旨にかなう象徴献祭をすることによって、「信仰基台」を立てなければならないし、次には「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てて、神のみ旨にかなう「実体献祭」をす

  • 第三章 摂理歴史の各時代とその年数の形成

    第一節 摂理的同時性の時代 第二節 復帰基台摂理時代の代数とその年数の形成 第三節 復帰摂理時代を形成する各時代とその年数 第四節 復帰摂理延長時代を形成する各時代とその年数 第一節 摂理的同時性の時代 同時性とは、何であろうか。人類歴史の過程を調べてみれば、たとえその程度と範囲の差はあっても、過去のある時代に起こったこととほとんど同じ型の歴史過程が、その後の時代において反復されている、という事実が、多く発見されるのである。歴史家たちは、このような歴史的現象を見て、歴史の路程は、ある同型の螺旋上を回転しているといっているが、その原因がどこにあるかは全然知らないのである。このように、ある時代がその前の時代の歴史路程とほとんど同じ様相をもって反復されるとき、そのような時代を摂理的同時性の時代というのである。このような同時性の時代を、摂理的同時性の時代と呼ぶ理由については、のちに、もっ

  • 第二章 モーセとイエスを中心とする復帰摂理

    第一節 サタン屈伏の典型的路程 第二節 モーセを中心とする復帰摂理 第三節 イエスを中心とする復帰摂理 アモス書三章7節に、「主なる神は、そのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない」と記録されているみ言のように、聖書には、神の救いの摂理に関する数多くの秘密が隠されているのである。しかし、人間は神の摂理に対する原理を知らなかったので、聖書を見ても、その隠れた意味を悟ることができなかった。聖書においては、一人の預言者の生涯に関する記録を取ってみても、その内実は、単純にその人の歴史というだけにとどまるものではなく、その預言者の生涯を通して、堕落人間が歩まなければならない道を表示してくださっているのである。ここでは特に、神が、ヤコブとモーセを立てて復帰摂理路程を歩ませ、それをもって、将来、イエスが来られて、人類救済のために歩まねばならない摂理を、どのようなかたちで

  • 第一章 復帰基台摂理時代

    第一節 アダムの家庭を中心とする復帰摂理 第二節 ノアの家庭を中心とする復帰摂理 第三節 アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理 第一節 アダムの家庭を中心とする復帰摂理 堕落はたとえ人間自身の過ちから起きたものであるとしても、神がその堕落人間を救わなければならない理由については、既に前編第三章第二節(一)で論じた。ゆえに、「メシヤのための基台」を立てて、堕落人間を復帰なさろうとする摂理は、既にアダムの家庭から始まっていたのである。 既に緒論で論じたように、アダムはサタンと血縁関係を結んだので、神とも対応でき、また、サタンとも対応することができる中間位置におかれるようになった。したがって、このような中間位置におかれた堕落人間を天の側に分立して、「メシヤのための基台」を造成するためには、堕落人間自身が何らかの蕩減条件を立てなければならない。 ゆえに、アダムの家庭が「信仰基台」と「実

  • 緒 論

    (一)蕩減復帰原理 (二)復帰摂理路程 (三)復帰摂理歴史と「私」 復帰摂理とは、堕落した人間に創造目的を完成せしめるために、彼らを創造然の人間に復帰していく神の摂理をいうのである。前編で既に論証したように、人間は長成期の完成級において堕落し、サタンの主管下におかれるようになってしまった。したがって、このような人間を復帰するためには、まず、サタンを分立する摂理をなさらなくてはならないのである。しかし、既にキリスト論において詳しく論じたように、堕落人間がサタンを分立して、堕落以前の然の人間として復帰するには、原罪を取り除かなければならない。ところで、この原罪は、人間が、その真の父母として来られるメシヤによって重生されるのでなければ、取り除くことはできないのである。それゆえに、堕落した人間はサタン分立の路程を通して、アダムとエバが成長した基準、すなわち、長成期の完成級まで復帰した型を

  • 第七章 キリスト論

    第一節 創造目的を完成した人間の価値 第二節 創造目的を完成した人間とイエス 第三節 堕落人間とイエス 第四節 重生論と三位一体論 救いを望んでいる堕落人間においては解決すべき問題が多い。その中でも重要なものは、神を中心とするイエスと聖霊との関係、イエスと聖霊と堕落人間との関係、重生と三位一体など、キリスト論に関する諸問題である。しかし、今日に至るまで、だれもこの問題に関する明確な解答を得ることができなかった。このような問題が未解決であるということによって、これまでキリスト教の教理と信仰生活に、少なからず混乱を引き起こしてきたのである。ところで、この問題を解決するためには、創造然の人間の価値が、いかなるものであるかを知らなければならないので、この問題について先に論じたのち、上記の諸問題を扱うことにしよう。 第一節 創造目的を完成した人間の価値 創造目的を完成した人間、すなわち、

  • 第六章 再臨論

    第一節 み旨に対する予定 第二節 み旨成就に対する予定 第三節 人間に対する予定 第四節 予定説の根拠となる聖句の解明 古今を通じて、予定説に対する神学的論争は、信徒たちの信仰生活の実践において、少なからぬ混乱を引き起こしてきたことは事実である。それでは、どうしてこのような結果をもたらしたのかということを、我々は知らなければならない。 聖書には、人生の栄枯盛衰や、幸不幸はもちろん、堕落人間の救いの在り方から、国家の興亡盛衰に至るまで、すべてが神の予定によってなされると解釈できる聖句が多くある。この例を挙げれば、ロマ書八章29節以下に、「神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには

  • 第五章 復活論

    第一節 復 活 第二節 復活摂理 第三節 再臨復活による宗教統一 聖書の預言を、文字どおりそのまま受け入れるとすれば、イエスが再臨されるときには、既に土の中に葬られて、元素化されてしまったすべての信徒たちの肉身が、再び元どおりの姿によみがえって、出てくるものと見なければならない(テサロニケ・四・16、マタイ二七・52)。これは、神が下さったみ言であるから、我々の信仰的な立場においては、そのまま受け入れなければならない。しかし、これは現代人の理性では到底納得できない事実である。そのため結局我々の信仰生活に大きな混乱をきたすようになる。したがって、この問題の真の内容を解明するということは、極めて重要なことであるといわなければならない。 第一節 復 活 (一)死と生に対する聖書的概念 (二)堕落による死 (三)復活の意義 (四)復活は人間にいかなる変化を起こすか 復活というのは

  • 第四章 メシヤの降臨とその再臨の目的

    第一節 十字架による救いの摂理 第二節 エリヤの再臨と洗礼ヨハネ メシヤという言葉は、ヘブライ語で油を注がれた人を意味するが、特に王を意味する言葉である。イスラエル選民は彼らの預言者たちの預言によって、将来イスラエルを救う救世主を、王として降臨させるという神のみ言を信じていた。これがすなわち、イスラエルのメシヤ思想である。このようなメシヤとして来られた方が、まさしくイエス・キリストであるが、このキリストという言葉は、メシヤと同じ意味のギリシャ語であって、普通、救世主という訳語が当てられている。 メシヤは神の救いの摂理の目的を完成するために、降臨なさらなければならない。このように、人間に対して救いが必要となったのは、人間が堕落したからである。ゆえに、救いに関する問題を解決するためには、まず堕落に関する問題を知らなければならない。堕落はすなわち、神の創造目的を完成できなかったことを意味す

  • 第三章 人類歴史の終末論

    第一節 神の創造目的完成と人間の堕落 第二節 救いの摂理 第三節 終末 第四節 終末と現世 第五節 終末と新しいみ言と我々の姿勢 我々は、人類歴史がいかにして始まり、また、これがどこへ向かって流れているかということを、これまで知らずに生きてきた。したがって人類歴史の終末に関する問題を知らずにいるのである。多くのキリスト教信者たちは、ただ聖書に記録されていることを文字どおりに受けとって、歴史の終末においては天と地がみな火に焼かれて消滅し(ペテロ・三・12)、日と月が光を失い、星が天から落ち(マタイ二四・29)、天使長のラッパの音とともに死人たちがよみがえり、生き残った人たちはみな雲に包まれて引きあげられ、空中においてイエスを迎えるだろう(テサロニケ・四・16、17)と信じている。しかし、事実、聖書の文字どおりになるのであろうか、それとも聖書の多くの重要な部分がそうであるように、この

  • 第二章 堕落論

    第一節 罪の根 第二節 堕落の動機と経路 第三節 愛の力と原理の力および信仰のための戒め 第四節 人間堕落の結果 第五節 自由と堕落 第六節 神が人間始祖の堕落行為を干渉し給わなかった理由 人間はだれでも悪を退け、善に従おうとする心の指向性をもっている。しかし、すべての人間は自分も知らずにある悪の力に駆られ、心が願うところの善を捨てて、願わざる悪を行うようになるのである。このような悪の勢力の中で、人類の罪悪史は綿々と続いてきた。キリスト教ではこの悪の勢力の主体をサタンと呼ぶのである。そして、人間がこのサタンの勢力を清算できないのは、サタンが何であり、またそれがどうしてサタンとなったかという、その正体を知らないからである。それゆえに、人間がこの悪を根こそぎ取り除き、人類の罪悪史を清算して、善の歴史を成就するためには、まず、サタンがサタンとなったその動機と経路、およびその結果を

  • 第一章 創造原理

    第一節 神の二性性相と被造世界 第二節 万有原力と授受作用および四位基台 第三節 創造目的 第四節 創造然の価値 第五節 被造世界の創造過程とその成長期間 第六節 人間を中心とする無形実体世界と有形実体世界 人間は長い歴史の期間にわたって、人生と宇宙に関する根問題を解決するために苦悶してきた。けれども、今日に至るまで、この問題に対して納得のいく解答を我々に与えてくれた人はまだ一人もいない。それは来、人間や宇宙がいかに創造されたかという究極の原理を知らなかったからである。さらに、我々にはもっと根的な先決問題が残っている。それは、結果的な存在に関することではなく、原因的な存在に関する問題である。ゆえに、人生と宇宙に関する問題は、結局それを創造し給うた神が、いかなるお方かということを知らない限り解くことができないのである。創造原理はこのような根的な問題を、広範囲にわたって扱

  • 総 序

    人間は、何人といえども、不幸を退けて幸福を追い求め、それを得ようともがいている。個人のささいな出来事から、歴史を左右する重大な問題に至るまで、すべては結局のところ、等しく、幸福になろうとする生の表現にほかならないのである。 それでは、幸福はいかにしたら得られるのであろうか。人間はだれでも、自己の欲望が満たされるとき、幸福を感ずるのである。しかし欲望などといえば、ややもすると我々はその意を取り違えがちである。というのは、その欲望が概して善よりは悪の方に傾きやすい生活環境の中に、我々は生きているからである。しかしながら、我々をして不義を実らせるような欲望は、決して人間の心からわき出づるものではない。人間の心は、このような欲望が自分自身を不幸に陥れるものであるということをよく知っているので、悪に向かおうとする欲望を退け、善を指向する欲望に従って、心の喜ぶ幸福を得ようと必死の努力を傾けて

  • 統一教会HP原理講論紹介ページ

    第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章

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