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第三章 人類歴史の終末論
第一節 神の創造目的完成と人間の堕落 第二節 救いの摂理 第三節 終末 第四節 終末と現世 第五節 終末と... 第一節 神の創造目的完成と人間の堕落 第二節 救いの摂理 第三節 終末 第四節 終末と現世 第五節 終末と新しいみ言と我々の姿勢 我々は、人類歴史がいかにして始まり、また、これがどこへ向かって流れているかということを、これまで知らずに生きてきた。したがって人類歴史の終末に関する問題を知らずにいるのである。多くのキリスト教信者たちは、ただ聖書に記録されていることを文字どおりに受けとって、歴史の終末においては天と地がみな火に焼かれて消滅し(ペテロ・三・12)、日と月が光を失い、星が天から落ち(マタイ二四・29)、天使長のラッパの音とともに死人たちがよみがえり、生き残った人たちはみな雲に包まれて引きあげられ、空中においてイエスを迎えるだろう(テサロニケ・四・16、17)と信じている。しかし、事実、聖書の文字どおりになるのであろうか、それとも聖書の多くの重要な部分がそうであるように、この