あらゆる情報が恐るべき早さで伝達されるこのネット社会。残ってゆくのは「だれがなにをやった」という結果だけ。けれど、あえて立ち止まって、よく見てみたい。結果を知っただけではわからない、さまざまな道のりを、その足跡から立ち上る体温のようなものを。 芥川賞作家・平野啓一郎が、一方的に想いを寄せる現代のヒーローたちの肖像を語る連載エッセイ。面識こそないけれど、その人の「仕事」はだれもがよく知っている。「仕事」を通じて、世の中に愛されている人たちの魅力を解き明かすことで、時代が、人間が見えてくる。 好きな絵について語る、あるいは語り合うというのは、どこか自尊心をくすぐられるような楽しい経験だろう。モネの『睡蓮』が好き。セザンヌの『サン・ヴィクトワール山』が好き。ウォーホールが好き。リキテンスタインが好き。…… コンサート会場では、誰も一々、今のフレーズはどうだった、リズムがああだった、こうだったと