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ブックマーク / www.1101.com (51)

  • 「テレビ東京がおもしろい」と言われるまでには。 | 佐久間宣行 | ほぼ日刊イトイ新聞

    テレビ東京の名物プロデューサー佐久間さんは、 どんな企画書を出し、いかに人をまとめ、 現場で何をして、どう仕上げてきたのか。 ご人の口から惜しみなく!ぜんぶ教えてくれました。 「面白い!」だけで企画は通らない。 動画で配信中の「ほぼ日の學校」の授業の一部を読みものでご覧ください。 >佐久間宣行さんプロフィール TVプロデューサー。 1975年、福島県いわき市生まれ。 早稲田大学卒業後、テレビ東京入社。 『ゴッドタン』『ピラメキーノ』『ウレロ☆シリーズ』 『あちこちオードリー』『青春高校3年C組』 『SICKS〜みんながみんな、何かの病気〜』など 数々のバラエティ番組を手がける。 2019年よりラジオ「オールナイトニッポン0」 (ニッポン放送)パーソナリティ。 2021年にテレビ東京を退社、フリーに。 YouTubeチャンネル「NOBROCK TV」など 新たな分野に挑戦している。 ほぼ

    「テレビ東京がおもしろい」と言われるまでには。 | 佐久間宣行 | ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2022/04/12
  • ほぼ日刊イトイ新聞 - タモリ先生の午後2007。

    今日は、来てくださって どうもありがとうございます。 毎年、この時期になると タモリさんにおいでいただいて 今年をふりかえったり、 来年を見るフリをしていますが、 ふりかえるような出来事は、 今年は、ありましたか?

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    tshota72 2022/03/22
  • (8)がんばるのは、10分の1でいい。 | 中田敦彦「人生は後半のほうが長いんだから。」 | 中田敦彦 | ほぼ日刊イトイ新聞

    中田 ぼくは糸井さんのあったかい世界観を、 ほぼ日の「今日のダーリン」にも毎日感じているし、 商品のラインナップにも、 統一された暖かさを感じているんですよ。 今日の収録に使っているスタジオも、 その世界観の中のひとつと言えます。 その世界観はブラさないように 努力しているものなのでしょうか。 あるいは、結果的にそうなっていったものですか? 糸井 両方でしょうね。 結果的にそうなっていったものを受け入れないと。 あったかい世界が大事だって言いながら 冷たくなっていくことも大いにあると思うんで。 中田 怖い言葉ですね。 糸井 素敵なお菓子屋さんがあったとします。 看板から従業員の制服から、 みんながいいねと思っているんだけど、 そのあったかさを守るために 「お前、何やってんだ!!」みたいに 朝礼で怒鳴っていたら嫌だよね。 中田 裏ではね。 「働く人は笑顔で!」 「あったかくねえだろ、馬鹿野郎

    (8)がんばるのは、10分の1でいい。 | 中田敦彦「人生は後半のほうが長いんだから。」 | 中田敦彦 | ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2022/02/13
  • (2)天井からお金は降ってこないもん。 | 中田敦彦「人生は後半のほうが長いんだから。」 | 中田敦彦 | ほぼ日刊イトイ新聞

    中田 糸井さんがいま、いちばん関心を持って 進めている「ほぼ日の學校」では、 お互いに得しようと思って 依頼をしているわけではないんですか? 先生になるあなたにも得はないし、 こちらもすごく儲かるわけじゃない。 だけど、お互いに違う果実の 目標に向かっているわけですよね。 糸井 カッコよく言えば、 ケネディが「人類を月に連れていくぞ」って 目標を立てましたよね。 あれでどう得をするのか、 当時はみんなわからないんです。 中田 なるほど。 糸井 得か損かじゃなくて、 「あ、それをやったらいいだろうな」 っていう目標ですよね。 それを維持しながら學校を作るわけだから、 自分でも呆れますよね、疲れるの。 中田 ほぼ日の仕事を進めていく中で、 「あ、こっちの方が得かな?」って 邪心みたいなものが沸き起こって、 それを抑えるようなことはないんですか? 糸井 大きく言えば、 ぼくのやることは全部得なは

    (2)天井からお金は降ってこないもん。 | 中田敦彦「人生は後半のほうが長いんだから。」 | 中田敦彦 | ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2022/02/02
    “天井からお金が降ってくるぐらいじゃなければ、まじめに普通に稼ぐよって思うの。 〜嫌なことはやっぱりしたくないから”
  • (4)「よーい、ドン」がうれしかった。 | 中田敦彦「人生は後半のほうが長いんだから。」 | 中田敦彦 | ほぼ日刊イトイ新聞

    中田 糸井さんは若い頃の仕事でうまくいっていたのに、 まったく通用しない相手に会う機会が増えて、 釣りにどっぷりハマっていったと。 魚という自然相手は、 自分が通用しない最たるものですね。 釣りはいつはじめたんですか? 糸井 木村拓哉くんと知り合った頃ですね。 木村くんが釣りにすごい夢中だったんで、 「1回やろうよ」みたいに誘われたの。 前からやりたいとは思っていたけど、 年を取ってからやるつもりで取っておいたんです。 そうしたら木村くんが 「んなこと言ってる場合じゃないっすよ」って。 それで、釣りに行こうかなと思ったんです。 中田 40代の前半で木村さんと 「釣りに行ってみようか」と。 糸井 木村くんはまだ20歳ぐらいの時ですよね。 ものすごい優秀な子だったんですよ。 中田 いや、すごいですよね。 木村さんは、ぼくら世代のカリスマです。 糸井 木村くんは見えていない所でも とんでもなくで

    (4)「よーい、ドン」がうれしかった。 | 中田敦彦「人生は後半のほうが長いんだから。」 | 中田敦彦 | ほぼ日刊イトイ新聞
    tshota72
    tshota72 2022/02/02
    “教科書通りにやっている人がみんな敗れて、トップ10人に入る辺りっていう人は、すごく技術があるか、知恵があるか、知識があるか、度胸がよかったかとか。 突出した何かがあるんですね。”
  • (5)糸井の憧れは、ポピュラーソング。 | 中田敦彦「人生は後半のほうが長いんだから。」 | 中田敦彦 | ほぼ日刊イトイ新聞

    オリエンタルラジオの中田敦彦さんが、 40歳を迎える前に「心の師」として名前を挙げた 糸井重里のもとへ訪ねてくださいました。 「武勇伝」や「PERFECT HUMAN」のブレイクで 若い頃から充実した毎日を送ってきたけれど、 ふと「このままでいいのかな?」と思うことも。 YouTubeでの活躍やシンガポール移住など、 ことあるごとにニュースを生み出してきたけれど、 これからは、どうしたらいいんだろう。 「中田敦彦のYouTube大学」と「ほぼ日の學校」の 交換授業として、まずは中田さんから 納得いくまで糸井に質問していきます。 ※「中田敦彦のYouTube大学」での対談を 「ほぼ日」編集バージョンでお送りします。 >中田敦彦さんのプロフィール

    (5)糸井の憧れは、ポピュラーソング。 | 中田敦彦「人生は後半のほうが長いんだから。」 | 中田敦彦 | ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2022/02/02
    “損得じゃないんだけど、「あっ、わかってくれるかもね」っていう人にしゃべるんですよ、人は。”
  • Lesson1004私がストレスをのりきれた「意外な言葉」 - おとなの小論文教室。

    受験のテクニックとして、小論文の書き方を勉強した? その後は、ナイスなテキストを書いていますか? 考えること伝えることの愉快を、ここで味わいましょう。 ありがたいことに、小論文というものを 考えたり、たのしんだり、たくさん読んできた カジュアルで優しい先生がいるんです。 さぁ、山田ズーニー先生、お願いしまーす。 Lesson1004 私がストレスをのりきれた 「意外な言葉」 2021-05-26 強いストレスに苦しんだ時、私は、 「癒し」の言葉をネットやで漁った。 「何も考えなくていい、ゆっくり休め。」 ストレスの専門家は、 きっとそう言ってくれるものと思っていた。 でも、その時、私が出逢ったのは、 「意外な言葉」 だった。 その言葉のおかげで、私は、 カラダも壊さず、 仕事も一歩、進化するカタチで、 ストレスの大波をのりきれた。 ……………… 今年初め頃、 かなりストレスなことが起こっ

    tshota72
    tshota72 2021/07/04
    この記事読むと、心余裕がなくて人に優しく出来なくて潰れてしまった自分を責めてしまうなぁ
  • Lesson1006「楽しい」をレッスンしてこなかった自分へ - おとなの小論文教室。

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    tshota72 2021/07/04
  • 06 ずっと考えてきた「おもろいとは、なにか」。 | 一生懸命、おもろく生きたい。 笑福亭鶴瓶×糸井重里 | ほぼ日刊イトイ新聞

    23年続く『家族に乾杯』、スジナシ、鶴瓶噺、 無学の会、50歳から始めた落語……。 笑福亭鶴瓶さんは、 「人が決めたことはできない。 つねに「おもろいほう」を取ろうと、 自分でやりたいことを決めてきた」と話します。 このたび、6月28日に開校するほぼ日の學校で、 授業をしてくださる鶴瓶さん。 笑いでいっぱいだった 糸井との打ち合わせの様子から、 鶴瓶さんの「おもろい」を探っていきます。 (鶴瓶さんの授業公開は夏頃を予定しています。) >笑福亭鶴瓶さんのプロフィール 1951年12月23日生まれ。69歳。 名は駿河学(するがまなぶ)。 昭和47年2月14日、六代目笑福亭松鶴に弟子入りし、 昭和47年上方落語協会会員として登録。 落語家、タレント、俳優、司会者、 ラジオパーソナリティなど、 さまざまな分野の第一線で活躍中。 笑福亭鶴瓶さん公式サイト、 「つるべ.net」はこちらから。 糸井

    06 ずっと考えてきた「おもろいとは、なにか」。 | 一生懸命、おもろく生きたい。 笑福亭鶴瓶×糸井重里 | ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2021/06/29
    “鶴瓶 なんていうの、生きてる限り一生懸命おもろく生きたいっていうのが俺は思うな。”
  • 03 自分がやりたいことだけを、やる。 | 一生懸命、おもろく生きたい。 笑福亭鶴瓶×糸井重里 | ほぼ日刊イトイ新聞

    23年続く『家族に乾杯』、スジナシ、鶴瓶噺、 無学の会、50歳から始めた落語……。 笑福亭鶴瓶さんは、 「人が決めたことはできない。 つねに「おもろいほう」を取ろうと、 自分でやりたいことを決めてきた」と話します。 このたび、6月28日に開校するほぼ日の學校で、 授業をしてくださる鶴瓶さん。 笑いでいっぱいだった 糸井との打ち合わせの様子から、 鶴瓶さんの「おもろい」を探っていきます。 (鶴瓶さんの授業公開は夏頃を予定しています。) >笑福亭鶴瓶さんのプロフィール 1951年12月23日生まれ。69歳。 名は駿河学(するがまなぶ)。 昭和47年2月14日、六代目笑福亭松鶴に弟子入りし、 昭和47年上方落語協会会員として登録。 落語家、タレント、俳優、司会者、 ラジオパーソナリティなど、 さまざまな分野の第一線で活躍中。 笑福亭鶴瓶さん公式サイト、 「つるべ.net」はこちらから。 糸井

    03 自分がやりたいことだけを、やる。 | 一生懸命、おもろく生きたい。 笑福亭鶴瓶×糸井重里 | ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2021/06/29
    “そう。やらされてないから、人の家に入っても気まずないわけよ。ここに行くのは俺が決めたことって、どっかで腹くくってる。もちろん、全部は背負いこまへんように、任すところはバチっと任すけども。”
  • 魂はどうか自由でいてほしい。

    「いつか来る死を考える。」で 訪問診療医の小堀鷗一郎先生に 初めて「ほぼ日」にご登場いただきました。 あの対談がきっかけとなり、 2020年11月、小堀先生と糸井重里が 「死」について語った 『いつか来る死』が出版されました。 その刊行記念となるオンラインイベントが 新宿の紀伊國屋書店新宿店にて開かれ、 小堀先生と糸井、さらに撮影を担当した 写真家の幡野広志さんも加わって、 「死」をテーマにした座談会が生配信されました。 その内容を連載にしてお届けします。 糸井 歳をとって「先は限られている」と知る時期は あると思うんですよ。 30代の人はまあ、思ってないですよね。 幡野 思わないですね。 糸井 40代になると人は病自慢を始めます。 最近はもう徹夜ができないとか、 ときには下ネタも混ぜて、 「もうダメだな!」と自分を貶めるように話す。 そういう見栄がある気がします。 嘘で言ってるわけじゃ

    魂はどうか自由でいてほしい。
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    tshota72 2021/01/17
    “だから、健康なときほど好きなことをしたほうがいい。ぼくも今、好きなことをたくさんしてますけど、それでもやっぱり健康なときのほうが楽しさはもっともっと多いと思います。”
  • めずらしく、広告の話。

    ほぼ日に載るものとしては、 ちょっとめずらしい対談をご紹介します。 コロナウィルス感染症に関する 緊急事態宣言発令前の2020年2月、 「あらゆる変化と挑戦にコミットする」 をミッションに掲げる広告会社 The Breakthrough Company GOの 若き代表・三浦崇宏さんが、 糸井重里に会いに来てくださいました。 「広告」という共通点はあっても、 年齢、スタンス、選ぶ表現など、 ずいぶん違いの多いふたり。 もし会ったら、どんな話になるんだろう? そんな思いからおこなわれた対談は、 三浦さんが持ち前の熱い口調で 糸井に広告や会社の話を聞いていく、 元気なおしゃべりになりました。 糸井 ただ、いま三浦さんが口にした 「広告の歴史的な価値」みたいな話って、 ぼくらがやってたときは、 そんなに考える必要がなかった 気がするんですよね。 三浦さんとかの時代の人たちは、 「広告って何だろう

    めずらしく、広告の話。
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    tshota72 2020/06/23
    “「自分はこういう本が作りたいけど、ソフトバンク出版さん、お願いできますか」って問題を置き換えて考えてみる。 そんなふうに、ぜんぶこちらからのお願いに転換して考えてみると、やるべきかどうかがわかる。”
  • (9)お風呂と天狗の幡野さん。 | 普遍的なことを 言っている。幡野広志 × 市原真(病理医ヤンデル) | ほぼ日刊イトイ新聞

    2020年2月、写真家の幡野広志さんの cakesでの悩み相談の連載をまとめた 『なんで僕に聞くんだろう。』が 発売になりました。 渋谷パルコ8階の『ほぼ日曜日』では、 刊行を記念して、幡野さんの写真展を開催。 会場でおこなわれた3つのトークが とても面白かったので、記事としてお届けします。 第2弾は「ヤンデル先生」の愛称でも知られる 病理専門医の市原真さんとの対談です。 この日はヤンデル先生が、幡野さんの創作の背景を じっくり聞いていく時間になりました。 ツイッターやイベントでも親交のあるおふたり。 真剣な話のなかにも、大いに笑いが混じります。 全9回、どうぞおたのしみください。 >幡野広志さんプロフィール 写真家。 1983年、東京生まれ。 2004年、日写真芸術専門学校中退。 2010年から広告写真家・高崎勉氏に師事、 「海上遺跡」で「Nikon Juna21」受賞。 2011年

    (9)お風呂と天狗の幡野さん。 | 普遍的なことを 言っている。幡野広志 × 市原真(病理医ヤンデル) | ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2020/05/20
  • 普遍的なことを 言っている。幡野広志 × 市原真(病理医ヤンデル) | ほぼ日刊イトイ新聞

    2020年2月、写真家の幡野広志さんの cakesでの悩み相談の連載をまとめた 『なんで僕に聞くんだろう。』が 発売になりました。 渋谷パルコ8階の『ほぼ日曜日』では、 刊行を記念して、幡野さんの写真展を開催。 会場でおこなわれた3つのトークが とても面白かったので、記事としてお届けします。 第2弾は「ヤンデル先生」の愛称でも知られる 病理専門医の市原真さんとの対談です。 この日はヤンデル先生が、幡野さんの創作の背景を じっくり聞いていく時間になりました。 ツイッターやイベントでも親交のあるおふたり。 真剣な話のなかにも、大いに笑いが混じります。 全9回、どうぞおたのしみください。 >幡野広志さんプロフィール 写真家。 1983年、東京生まれ。 2004年、日写真芸術専門学校中退。 2010年から広告写真家・高崎勉氏に師事、 「海上遺跡」で「Nikon Juna21」受賞。 2011年

    普遍的なことを 言っている。幡野広志 × 市原真(病理医ヤンデル) | ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2020/05/19
  • (6)「え、俺の人生じゃん」 | 「嫌い」な気持ちと、 うまく付き合う。幡野広志 ✕ しいたけ. (占い師・作家) | ほぼ日刊イトイ新聞

    2020年2月、写真家の幡野広志さんの cakesでの悩み相談の連載をまとめた 『なんで僕に聞くんだろう。』が 発売になりました。 渋谷パルコ8階の『ほぼ日曜日』では、 刊行を記念して、幡野さんの写真展を開催。 会場でおこなわれた3つのトークが とても面白かったので、記事としてお届けします。 まずは「しいたけ占い」などで知られる 占い師のしいたけ.さんが登場。 多くの方の悩みに答えてきたおふたり、 話は大いに盛り上がりました。 「嫌いな気持ちがあってもいい」など、 ふたりの考えが一致する場面もちらほら。 初対面とは思えない仲の良いおしゃべりを、 たっぷり全11回でお届けします。 >幡野広志さんプロフィール 写真家。 1983年、東京生まれ。 2004年、日写真芸術専門学校中退。 2010年から広告写真家・高崎勉氏に師事、 「海上遺跡」で「Nikon Juna21」受賞。 2011年、独

    (6)「え、俺の人生じゃん」 | 「嫌い」な気持ちと、 うまく付き合う。幡野広志 ✕ しいたけ. (占い師・作家) | ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2020/05/16
  • 『スマブラ』とスポーツカーと誠実の怪人。 - 「岩田さん」を知ってる人たち。『岩田さん』を読んだ人たち。

    任天堂の元社長、岩田聡さんのことばをまとめた 『岩田さん』というを出しました。 それをきっかけに、いろんな方に 岩田さんのお話をうかがっているのですが、 この人にお会いしないわけにはいきません。 HAL研究所に在籍中、岩田さんとともに 『大乱闘スマッシュブラザーズ』を開発した ゲームクリエイター、桜井政博さんです。 はじめて出会ったころの話、 岩田さんが任天堂に入る前の話、 プライベートの一面‥‥たっぷりうかがいました。 桜井さんと、もう何年も前から親交のある、 ほぼ日の永田が担当します。 聞き手:永田泰大(ほぼ日) ──桜井さんが岩田さんと はじめて会ったのはいつですか? 桜井いちばん最初からいうと、 自分がゲームデザイナーを目指し HAL研究所に入ることを決めて、 面接を受けたとき、 その面接官のひとりが岩田社長でした。 岩田社長というより、 そのときは岩田部長ですね。 ──桜井さん

    『スマブラ』とスポーツカーと誠実の怪人。 - 「岩田さん」を知ってる人たち。『岩田さん』を読んだ人たち。
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    tshota72 2020/01/28
  • はたらき方をさがす旅。

    松家 日は、ぼくが進行のような役割をさせていただき、 皆川明さん、糸井重里さんと 「はたらくこと」について お話ししたいと思います。 「はたらく」というテーマで、 なぜ糸井さんと皆川さんにお話いただくかというと‥‥ いや、そんな説明はなくてもいいですね。 糸井さんと皆川さんは、 お仕事の種類もお人柄も、違うように思えますが、 「はたらく」というキーワードで考えると、 重なるところがあるのではないかと思います。 皆川 そうですね、そう思います。 松家 糸井さんは 「ほぼ日刊イトイ新聞」の 株式会社東京糸井重里事務所、 そして、皆川さんは 「ミナ ペルホネン」の 株式会社ミナの代表をしておられます。 糸井 で、松家さんは、小説家であり、 「つるとはな」の編集者でもある方です。 松家 「つるとはな」の創刊時から、おふたかたには ほんとうにお世話になっています。 糸井さんはたくさん相談に乗ってく

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    tshota72 2019/12/16
  • ヒロシの仕事は好きから、はじまる。 ヒロシさん+糸井重里対談 | ほぼ日刊イトイ新聞

    「ヒロシです。」からはじまる自虐ネタで 2004年頃に大ブレークしたヒロシさんは、 現在、YouTuberとしても活躍しています。 趣味のキャンプをしながら撮影した動画を 自分で編集してYouTubeで配信したところ、 新しいファンがじわじわと増えていき、 チャンネル登録者数50万人超えの人気者に。 「好き」からはじめたことをきっかけに コンテンツを届けたり、グッズを生み出したり。 たのしい仕事につなげていくヒロシさんを、 糸井重里は自分にそっくりだと感じていました。 ここ最近はキャンプに興味津々の糸井重里、 またひとつ、好きから、はじまる予感です。 >ヒロシさんのプロフィール 芸人兼ソロキャンプYouTuber 1972年、熊県出身。名、齊藤健一。 九州産業大学商学部商学科卒。 ピン芸人として「ヒロシです。」の フレーズではじまる自虐ネタで大ブレーク。 俳優としても映画『転校生 さよ

    ヒロシの仕事は好きから、はじまる。 ヒロシさん+糸井重里対談 | ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2019/12/16
  • 「わたし」を肯定する研究。- ほぼ日刊イトイ新聞

    「ほぼ日」の事務所では週にいちど、 全員でのミーティングをおこなっています。 2015年11月のある日は、そのミーティングで、 ケリー・マクゴニガルさんと、 ジェイン・マクゴニガルさんという、 ふたりの研究者のかたが講義をしてくださいました。 そのときの話がおもしろかったので、 おすそわけのようにご紹介します。 おふたりは一卵性の双子で、とても仲良し。 研究するテーマはそれぞれ違いながらも、 根底には通じ合うものがありました。 「ほぼ日刊イトイ新聞」を発行する 東京糸井重里事務所では、 週にいちど、全員でのミーティングを おこなっています。 基的には糸井重里がみんなに そのとき考えていることを話す場ですが、 2015年11月のある日は、 アメリカからやってきたふたりの研究者のかたが、 講義をしてくださいました。 そのおふたりとは、ケリー・マクゴニガルさんと、 ジェイン・マクゴニガルさん。

    「わたし」を肯定する研究。- ほぼ日刊イトイ新聞
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    tshota72 2019/12/10
  • 世界をつくってくれたもの。鴻上尚史さんの巻

    同じ時代に生きているのがうれしくなるような人に 出会うことがあります。 そんな人たちの世界のおおもとは、 いったい何でできているのでしょうか。 幼少期から現在に至る足取りをうかがう 連載シリーズの第3弾にご登場くださるのは 演出家で作家の鴻上尚史さんです。 鴻上さんは「自分で考える力をつける」ことの重要性を 著作でくりかえしおっしゃっています。 インタビューは、ほぼ日の菅野がつとめます。 ── え(笑)、そんなことがあったんですか。 鴻上 ありました。 29歳ではじめて映画を撮ったときです。 演劇と映画って、 物語をつくるという点で似ていると思われがちだけど、 ぜんぜん違うんですよ。 いまでこそ外部交流で どんな業界の人もウェルカムな雰囲気がありますが、 当時はほんとうに職人さんの世界で。 ── 映画って、フィルムですよね。 鴻上 そう、35ミリです。 予算も1億円ぐらいかかる。 「やって

    世界をつくってくれたもの。鴻上尚史さんの巻
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    tshota72 2019/11/04
    “「準備不足で行動するな」”