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ブックマーク / okachimachiorz.hatenablog.com (2)

  • 年始の抱負〜仕事の師匠から教わった事 - 急がば回れ、選ぶなら近道

    2012年の始まりなんで。記録として書いておく。今年の抱負も含めて。 ちょうど会社も立ちあげたし、こんな事を書いても良い世代になってしまったと思うわけです。 えっと、自分が師匠とよべる人はふたりしかいなくて、しかも性格は正反対だった。しかしながら、二人とも仕事は異様にできた。あんなにできる人は今まで見た事がないし、今後も見ることは無いと思う。(今時「師匠」って言い方もどうかと思うが、他に適当な言い方もないし。死語ですけど。) 一人目の師匠は、掛け値なしの鬼軍曹だった。気と書いてマジという位、気で怖い感じだった。ついていける人はほとんどいなかったと思う。僕はたまたま仕事に集中して余計な事を考えたくなかった時期だったこともあって、ゾンビのように働いた。月の残業時間が400時間とかいう時もあった。(勤務時間ではない) 死ぬかと思った。 仕事のやり方は、もう軍隊のようだった。ミスしたら、ミスし

    年始の抱負〜仕事の師匠から教わった事 - 急がば回れ、選ぶなら近道
  • システムはどこまで内製化できるか - 急がば回れ、選ぶなら近道

    どこでも何回も何十回も言われているが、システムを経営の変化に対応させるにはある程度のシステムの開発を内製化すべきである、という論調が強い。この問題は、古くて新しい問題であり、と同時におそらく、いままでとは違うコンテクストで語られることになるような気がしている。ここ10数年の流れを見れば、内製化の議論はアウトソーシングの流れとそのより戻りの反復運動の繰り返しだといっていても過言ではなかったと思う。近年はむしろ、SI屋さんの全体的な弱体(特に技能として)化とクラウド等によるインフラの導入しやすさと相まって別の背景で語られることが多くなってきている。また、見逃せない背景としては、そもそもの就労可能若年層の減少と、若年層の総体数減少による能力のばらつきの顕在化も強くあげられる。特にシステム開発の供給サイドの問題は、エンドユーザーの内製化の議論においては、今までのコンテクストでは語られることがなかっ

    システムはどこまで内製化できるか - 急がば回れ、選ぶなら近道
    tsuyok
    tsuyok 2011/10/31
    問題は内製するかどうかだけではなく、受託や思考停止なWFなど、開発全体の考え方を変えないと、根本的に解決していかないと思う。難しいけど。
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