何か幻想的な美しさの記憶 2012年3月に亡くなったイタリアの作家、アントニオ・タブッキによる連作短編集。原著は2009年に出版されたらしい。 冒頭に「影を追いかければ、時は老いをいそぐ」というエピグラフがある。「時は老いをいそぐ」というのは、「時間が早く過ぎていく」という意味かもしれないが、そうではない気もする。「時間が古びていく」が近いだろうか…。それとも「我々の老いが加速する」が近いのだろうか…。 時間というものは一定のリズムで刻まれるが、老いは時間と同期しているわけではない。時間というものは、例えば年齢に表されるような物差しでしかなく、全ての主体にあるのは、時間ではなくて、実は老いだけだ。 本作に出てくる人物は、様々な記憶を辿(たど)り、影を追いかけるように語り続ける。語り手は様々なのだが、言葉は全て現実から浮遊している。戦争や弾圧の苦い記憶、子供の頃に見た光景、伝えられた一族の記