シラムレン川・ラオハ川流域の市域は中華文明の最初の曙とされる紅山文化(新石器時代、6000年-5000年前)が栄え、歴史時代には匈奴、鮮卑、契丹の地となり、11世紀には耶律阿保機が遼を建国した。市域には遼上京の遺跡が所在する。契丹滅亡後はモンゴル民族が住み、清代にはジョーオダ・アイマクと呼ばれた。民国時代や満州国時代には熱河省の管轄となり、1955年、熱河省の廃止により内モンゴル自治区に編入された。
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