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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (8)

  • 僕の大嫌いなブス - 傘をひらいて、空を

    僕があの人を好きだったのはあの人がブスだったからだ。当の人が、あっけなく、「きゅうりはみどりいろ」と言うみたいに、「わたしはブスだ」と言っていた。 あの人は大学の先輩で、まわりにいつも誰かがいた。僕は馬鹿じゃない。趣味も悪くない。だってけっこう読んでる。そして僕みたいな凡百の「馬鹿じゃない学生」が百人束になったって、あの人にはかなわなかった。 僕の通っていたいけすかない大学では、馬鹿じゃないのはデフォルトで、そのうえでやたらと付加価値を示すのだった。その付加価値が容姿である者もたくさんいて、だから才色兼備系女子もごろごろしてたんだけど、あの人はそういう女子を取り巻きに従えた文化的女王さまみたいなものだった。僕はそのことがとても誇らしかった。僕はあの人のなんでもなかったけど。 賢くてきれいな女の子たちがブスをとり囲んで話をしてもらいたがっていた。女の子の誰かがちょっと気の利いたことを言う

    僕の大嫌いなブス - 傘をひらいて、空を
    tyru
    tyru 2018/03/16
  • 悪い魔術 - 傘をひらいて、空を

    この人たちは今、機嫌が悪い、とわたしは思う。よくはわからないけれど、少なくとも上機嫌ではない。直前の会話をふりかえる。何か気を悪くする要素があっただろうか。あるいはもともと腹を立てていたから絡みにくい返答をしたのだろうか。 わたしはさらに会話をさかのぼる。そうしながら目の前の上司の仕草をスキャンする。ティーカップを置くとき、来の位置からずれたところに置いたようで、カップがソーサーの溝を滑り落ち、かたんと音をたてる。おお、と上司がつぶやく。なぜだか周囲を見渡し、しつれい、と言う。わたしはあいまいにほほえむ。なにか言ったほうがよかっただろうかと思う。いや、ここはだまっているべきだと決める。隣の先輩の気配をうかがう。先輩にリードしてもらうほうがいい。 先輩はふう、とため息をつく。マキノさんってしょっちゅう飲み物こぼしてませんか。こぼしてない、と上司がこたえる。少なくとも今は。ほら、ソーサーはき

    悪い魔術 - 傘をひらいて、空を
    tyru
    tyru 2016/03/09
  • 救い主が戻るまで - 傘をひらいて、空を

    うなずく。うなずく。うなずく。首をわずかに横に振る。問いかけに応える。質問の内容にそのまま答えるのではない。なぜなら私がされているのは質問ではない。私の目の前にいるのは突然姿を消してしまった友人の夫と両親と義理の両親だ。彼女がいなくなった理由を誰も知らなかった。もちろん私もだ。私はただ、スマートフォンさえ置き去りにしてどこかへ行ってしまった彼女の、最後の通話者にすぎなかった。私は言葉を選ぶ。目の前の彼らはそれとなく、ときに露骨に、私に伝える。「私はこう思いたい」「僕はこうとらえたい」「彼女はきっとそうだった、彼女はきっとこうだった」。私は、できるだけ、それにしたがう。嘘はつかない。嘘がつけるほど彼女の真実を知っているわけでもない。 近ごろよく電話を(正確にはスマートフォンのアプリを使用した通話を)かけてきていたその友だちは、辛い辛いと言っていた。いなくなってしまいたいと言っていた。半年くら

    救い主が戻るまで - 傘をひらいて、空を
    tyru
    tyru 2015/05/15
  • あなたはもうそれを求めなくていい - 傘をひらいて、空を

    この一年はねえずっとこうなのよお、なんかねえ、ラク、その前はちょっとした浮き沈みがあったんだけど、まああんまり気にしなかった。私の正面に座って彼女は言う。私はひどく驚いて彼女をじろじろ見てしまう。すんなりと長いきれいな手足をして腫れたように膨れても枯れたように縮んでもいない。彼女は苦笑して言う。不躾ねえ、みっともない。私はもぐもぐといいわけを噛んで目をそらし、目の前にいる人を見ないのもおかしいのでもう一度見た。彼女は愉快そうにけらけら笑った。 知りあって十数年になるけれども、会うたびに膨らんだり縮んだりする人だった。そしてしばしば長期間会うことがないのだった。縮むときのようすがほんとうに切実だったから、そのあいだ無事でいるか気を揉んだ。縮んだときの彼女は不吉な記号みたいな骨の浮いた手足をぎこちなく動かし、こぼれそうな目の幼子みたいな老婆みたいな顔をして、ひどく陽気だった。 彼女はいい人だっ

    あなたはもうそれを求めなくていい - 傘をひらいて、空を
    tyru
    tyru 2015/05/15
  • やさしさのための技術とその運用 - 傘をひらいて、空を

    人にやさしくしたいんだけどどうしたらいいかねえ。なにそれ。いや、だからさ、やさしくしたいんだけど、具体的にどうすればいいか考えると、悩む、という話、相手と状況は考慮する、でも内面まではわかんなかったりするでしょ、だってたとえば私が今やさしくしたい相手は、ふつうの顔してるけど実は私を心底憎んでいるかもしれないし、ひそかに激しい愛を持ってるかもしれないじゃん。極端だな。極端に言うと、わかりやすいでしょ。 そうだなあ、わかりやすさのための技術はけっこう出回ってるけど、やさしさっていうのは、わりとむつかしい、たしかに。ね、基はハグでしょ、とか思うけど、身体接触って強力な代わりに相手を選ぶわけ、しかも抱きしめても抱きしめても届かないものはあるわけ。そりゃそうだ、やさしくしたい相手が、触っていい人だとしても、それで終わりじゃないよね、同じ相手でも状況や気持ちや方法によっては不愉快にさせたり、傷つけた

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  • 愛に関する事後的な学習 - 傘をひらいて、空を

    人を上手にだいじにできる人ってやっぱり生育歴上で親とかに上手にだいじにされてきたことが多いよ、つまり、愛情に関して育ちが良い。そりゃそうだ、愛情に関する学習は親とか養育者の影響が初期値だもの、だけどさ、私は初期値が不利だからって人を上手にだいじにすることができないとは思わない、人を適切なかたちで愛することは、訓練は必要だけど、誰にだって可能なことだと思う。 断定するなあ、どうして。どうしてって、そりゃあ、私自身が、愛情に関して育ちが良くないからですよ、あとから学習すればOKだと仮定して努力してきたんだよ、親が悪かったらもうアウトだなんて、私はぜったい認めない、「養育者から抱きしめられず、褒められもせず、精神的サンドバックとして一定年齢まで使用されると、その後のリカバリは不可能です」みたいな話って、ときどきそこいらに落ちてるけど、そんなもの私は信じないね、燃えるゴミとして扱う。 リカバリは可

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    tyru
    tyru 2015/05/14
  • 作文が終わらない - 傘をひらいて、空を

    七つの女の子と話をしていたら、作文が終わらなくて困っているという。彼女は小さい子にしては要領よくしゃべるんだけれども、なにしろ七歳は七歳なので、話がくどい。しかもしょっちゅう脱線する。最後まで聞いて推測するに、どうやら何を書いて何を省くかがわからないので作文が長くなっている、ということらしかった。 学校の授業の作文で七五三の話を書くことにして、けれども原稿用紙六枚書いてもまだ、当日の朝ごはんが終わらない。メニューとその匂い、湯気のようす、パンの焼き加減の好みに関する主張で六枚目が終わってしまった。今までのぶんを捨てて書き直すべきか、という意味のことを、彼女は言う。読ませて頂戴と言うと、ずいぶんとはずかしがってから、結局読ませてくれた。 八枚切りのパンを焦げるぎりぎりのところまで熱してからバターを塗り、しみこませてべる、ジャムはパンに塗るべきではない、ヨーグルトにいっぱい入れたほうがいい、

    作文が終わらない - 傘をひらいて、空を
    tyru
    tyru 2013/08/12
  • ロックスターにもなれない - 傘をひらいて、空を

    ところで、しばらく休暇を取ろうと思ってね、と彼は言う。私はびっくりした。人間としての限界まで働き続けている人だったからだ。 「一段落したんだ。だからしばらく休暇をとって、ひとりで旅行してこようと思う」 彼は何秒か黙る。私は待つ。 「ちかごろ仕事に情熱が持てない。仕事の内容は変わっていない。むしろ刺激になるはずの要素が増えた。周囲もすごく優秀で、ちょっと前なら一緒に働けるだけでうれしくなったような人たちだ。でもぜんぜん心が動かない。典型的なバーンアウトだね」 他人事のように彼は言う。私は少し考え、そういうときは女の子と遊んだらどう、と提案する。癒やしてくれそうな人がいいと思うよ。 彼はうつむいて苦笑する。 「なにも欲しくないし、誰も欲しくない。そういう人間が、さあ癒してくださいって誰かに寄っていったって、うまくいくわけがない。そんなのはちょっと考えればわかることだよ。だいいち僕はそんなに女の

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