下り列車のホームに立っていた木曜日の夜、背後から俺のカバンを掴んだ手に気付き、振り返ると猫背のお婆さんが頭を下げた。しんどいから電車が来るまで掴まっていてもいいかと言う。それから彼女は済まなそうな顔をして、あなたと同じくらいの孫がいるという話や、戦争がなくて今はいいねといった話を始めたのだが、まもなく列車が到着したので会話は三分ほどで途切れた。おそらく自分には誰かに手を差し伸べるような甲斐性はないが、掴まれた手を振り払うほどの冷淡さはなく、その体を支えようと試みる程度のことはするらしい。 猫を見つければ立ち止まって写真を撮り、自販機を見つければ缶コーヒーを飲み、夜遅くまで東京を歩いている。すれちがっただけの人や猫に何らかの感情を持つのは面倒に思われる。得意とはいえない接客業に戻ったのは単に給料が良いからだと言ってみたいが、客と話すことは毎日楽しくて仕方ない。けれども余計なことは考えないほう