パンフレットにサインをしてもらいながらおれはこう言った。 「とってもよかったです。今度は彼女と来ます」 ペンの手を止めて森達也監督が言う。 「今日は下見? 何度見ても面白いと思いますよ」 後ろに並んでいたプロデューサーの橋本佳子さんもこう言う。 「何度見ても新しい発見があると思います」 おれは「ありがとうございました」といってジャック&ベティの階段を降りた。 森達也監督は上映後の舞台挨拶でこう言った。 「Q&Aもないし、ぜったいなにも言いません」と。 たしかに監督は作品の内容についていっさい触れなかった。ただ、自分が映画館というものが好きであるということ、それも、お客さんが入っていないよりも、入っている映画館が好きだということを。 お客さんは、入っていた。入り過ぎるほど入っていった。ジャック&ベティで満席級というのは何度かあったと思うが、この日のこの回の『FAKE』は文字通りの満席だった。