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2010年3月8日のブックマーク (2件)

  • 歴博「現代」、沖縄戦・原爆の不備指摘で難航 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    16日にオープンが予定されている国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の新常設展示室「現代」について、沖縄戦や原爆投下に関する展示内容の不備を指摘する声が関係者から相次ぎ、準備が大幅に遅れている。 概要を発表する記者会見も「準備不足」を理由に、当初の2日から8日に延期された。国立の歴史博物館が初めて昭和戦争歴史解釈に挑む“戦争展示”として注目されているが、多難なスタートとなりそうだ。 1983年に開館した同館は原始・古代から近代までの五つの展示室を公開。今月、オープンする第6展示室「現代」は、1930〜70年代までが対象だが、この間の昭和戦争期については多様な歴史解釈があり、難しい展示になることは当初から予想されていた。2005年に館外の歴史学者ら十数人を加えた展示委員会を設け、助言を受ける形で準備を進めてきた。 沖縄戦と原爆投下を扱う「大量殺戮(さつりく)の時代」の展示は当初、予定になかっ

    usataro
    usataro 2010/03/08
  • 河北新報 東北のニュース/悲運の戦国大名白鳥十郎長久 実在裏付ける書状発見

    山形県村山市から山形県河北町へと勢力を伸ばし、最期は山形城主最上義光に謀殺されたと伝えられる悲運の戦国大名、白鳥十郎長久の直筆とみられる書状が白石市内で発見された。2月23日には長久ゆかりの地である村山市戸沢地区の住民らが宮城県白石市を訪れ、謎も多い長久の貴重な史料と対面した。  見つかったのは1581年5月9日、長久が仙台藩重臣で伊達家の外交を担当した遠藤基信にあてた書状。  長久は書状の中で、大崎市を拠点としていた大崎義隆の上洛(じょうらく)に当たり、仙台藩の領内だった山形県置賜地方を通行できるよう願い出ていた。末尾には長久の直筆とみられる花押があった。  白石市内では昨年、遠藤家の子孫が暮らす民家に約6000点に上る古文書が保存されているのが見つかった。このうち約50点は戦国時代に諸大名が遠藤家初代の基信にあてた書状。この中に長久の書状も含まれていたという。  領民に慕われつつ悲運の

    usataro
    usataro 2010/03/08
    「山形県村山市から山形県河北町へと勢力を伸ばし、最期は山形城主最上義光に謀殺されたと伝えられる悲運の戦国大名、白鳥十郎長久の直筆とみられる書状が白石市内で発見された。」