63年前の宮森小学校ジェット機墜落事故で頭に大けがをした幼稚園児は、身体と心の傷を抱えながら60年あまりを過ごしてきた。 園児の担任だった女性も、教え子の痛みを思い続けていた。 心の傷を抱えながら「記憶」と「記録」に向き合う 事故から63年となるのを前にした2022年6月27日。取材班を自宅に招いてくれたのは、ジェット機事故の当時、宮森小学校の2年生だった平田小枝子さん。 当時宮森小学校の2年生 平田小枝子さん: 今だからこそ、こういう証言の大切さとか、忘れちゃいけないとか、わかったような気がするんです この記事の画像(18枚) 事故の時、平田小枝子さんの兄2人と、幼稚園教諭の義理の姉も宮森小にいた。 その幼稚園の教員だった伊波怜子先生が過去に証言として語っていた、事故で大けがをした園児、佐藤節子さん。 高校を卒業後、東京で暮らしていた節子さんは2021年、沖縄に戻った。事故の後から、今で
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