著: 伊藤紺苦しい時期に出会った、富士見ヶ丘の変な部屋 その家には玄関がなかった。と言うと必ず「窓から入んの?」と聞かれてしまうのだけど、ドアはあった。けど、玄関がない。正確に伝えるならばドアを開けて、靴を脱ぐスペースがなくて、ドアを開けたら即フローリングなのだ。 大きな窓だらけで開放的……というかほぼ外で、冬は極寒、夏は灼熱&アシナガバチの巣ができ、危ない。春〜秋は家の中で小さい虫を見かけない日はなかったし、外壁にはいつもヤモリがくっついていた。 なぜそんな部屋に住んでいたかと言うと、広くて日当たりがよくて、駅近だったから。京王電鉄井の頭線・富士見ヶ丘駅から徒歩1分。2分もあれば改札を通って、電車にも乗れる。南向きの角部屋。窓の外には生い茂る緑が見え、高校時代を過ごした大好きな浜田山駅の2駅隣というのもよかった。 富士見ヶ丘駅の第一印象は閑静な住宅街、という感じだった。駅前のチェーン店と