雑記 | 18:16 | セックスにおける愛撫という行為を考えたとき、どうしても面倒くさいという後ろ向きの考えが頭を過ぎる。要は射精できればいい、そういう短絡に男は唆され勝ちで、他聞に漏れず僕も射精という結果ばかり追い求めてしまう。性器同士をくっつけ、比べものにならないほどの快感を得るのには、実はそれほど入念な愛撫を必要としないからだ。女性器が濡れ、筋肉がほぐれさえすれば男性器を挿入し、射精することは容易だ。だから僕は遠慮を知らず突き上げる衝動の促すまま愛撫に手を抜き、利己的なセックスに終始てしまい勝ちだ。 しかし、三十を過ぎてからそういうセックスの在りようというのが僕のなかで変わってきているように思う。ただ射精を導くための利己的なそれが、確かにそこに存在する相手を感じるものへと変容しているのだ。僕は屹立する陰茎をぶら下げたまま、丁寧に愛撫する。裡では射精の悦び目掛けて打ち震える衝動が渦
すれちがい通信の代替現実ゲーム的側面に多大な可能性を感じている俺なので、ドラクエ9を見逃すわけにはいかなかった。すれちがい通信の致命的な弱点である「同じゲームをプレイしてる人が少なすぎて全然すれ違えない」という問題を余裕で解消する程度にドラクエが出回るのは間違いないので、俺の期待は大きく膨らんだ。さっそくDSをすれちがい通信待機状態にしたままカバンに放り込んで家の外へ飛び出す。そのまま徒歩で街中を走り回る。これが俺のドラゴンクエストだ。いつもは喧騒を避けて人通りの少ない路地を猫背でとぼとぼ歩く俺だが、今日ばかりは陽の当たる大通りを口笛吹いて歩いて行く。これ、軽度の引きこもりの人のリハビリに使えたりしないだろうか?いや、誰ともすれ違えなくて「俺はやっぱり必要とされてない……」などと落ち込むはめになったりする可能性もあるか……。そんなことを考えながら、人通りの多い商店街を中心に徘徊を続ける、す
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