橋本左内と同年に生まれ、ともに藩学明道館の幹事を務めた堤正誼が『橋本左内言行録』で談話を述べているので要約して紹介する。 橋本左内の身長と容貌 橋本左内の身長は五尺(151.1㎝)で色が白く痩せて優しい婦人のような容姿だったことはよく知られているとおりだが、その眼は雷光が発せられているかのように輝き、胆略は人に絶していて、早くから常人とは異なるところがあったという。とりわけ言葉遣いにいたっては四十を超えた大人(たいじん)のように老成していたそうである。 普段は謹厳寡黙ながら、国事に関する議論になると鋭い弁舌で論難攻撃し、単刀直入に人の肺腑を刺し、決着するまでは夜を徹してもやめず狂風怒濤のごとき勢いをもって争論していた。このように人の下風に立つことを好まない性質があったために後年奇禍を買うようなことになったのだろう、と堤正誼は語っている。 少年のころから非凡常人なところがあった 左内は14、