僕の海外生活も6年になり、日本の「外国度」が年々増している。 たまに帰国する生まれ故郷を「外国」と感じ、そこに滞在する自分を「外国人」と認識する感覚。これは自分の日本人としてのアイデンティティを再発見したり日本という国に対する新しい気づきに繋がるので、ブロガーとしては美味しい限りだ。 例えば海外移住して日が浅いウチは、たまに帰国して空港から電車に乗ると「女の人がキレイだな」「やっぱ日本女性は美しい」などと感動していた。格好も小奇麗で各自似合う服装を研究しているように感じる。そして全員が化粧してファッションに気を使っている。 素晴らしい。 ところが最近帰国して思うのは「全員が化粧してファッションに気を使っている」ってよく考えると超ヤバくないかってこと(=^・・^;=) 特段美人でもない女性がスッピンから化粧を施して、インスタ映えする顔に大変身を遂げる動画が定期的に話題になる。極端な話アレであ
小学校3年生くらいのときにクラスで大縄が流行った。全員が8の字に並んでグルグルグルグル。長い縄跳びを2人でぶん回してみんな順番に飛んでいく、アレ。 あれってなにが面白いの(=^・・^;=)? あんなもん何回続いたところで僕にとってなんの利益もない。むしろ失敗して嘲笑されるリスクの方が甚大だ。これって農村の荒れてる学校では冗談抜きにヤバくて、ほんのちょっとしたキッカケで暴力の的になってしまう。 それにも関わらず身体能力の発達が遅い子が問答無用に不利になる集団競技を、何故わざわざ学校が推奨しているのか。アホなのか。 目的は縄跳びが上手になることなのに、日本の学校はみんなで一緒に練習するという「過程」に重きを置く。まさに本末顛倒。そうして刷り込まれたメンタリティが、大人になっても全員強制参加の飲み会とか、みんな帰るまで帰れないみたいな無駄な残業地獄の温床になっている。 そういう「みんな一緒」をゴ
明日で僕は34歳になるんだけど、ここまで全て記憶力だけで生き抜いてきた気がする。 とりあえずたくさん苦手なことがあるけれど、生きる上でめっちゃ番困るのは同時に1つのことしかできないことだ。 マルチタスク機能の欠如。 これは例えば音楽を聴きながら料理をすると失敗するみたいな可愛いレベルではない。 まぁ新婚の新妻として大晦日に小豆を煮ながらVan Halenを聞いていたら突如ギターの練習をしたくなり、うっかり熱中して消防車を呼ぶ羽目になった友達がいるのでかわいいレベルと形容して良いのかは謎だけど。 一方、マルチタスクができない事は強みでもある。 いちど興味を持って熱中すると、その対象に集中力が無限に持続するんだ。これを過集中と言うらしく、発達障害の特性でもある。 過集中を使いこなせれば強みにもなり、使いこなせなければ弱みにもなる。まぁ集中力を使い切ったあとは24時間くらいベッドで死体ごっこする
海南チキンライス、ラクサ、ホッケンミー。 定番のシンガポール料理がお手頃価格で食べられる屋台村、ホーカーセンター。貧乏バックパッカーとして初めてシンガポールを訪れたときはその安さと美味さに驚いたものだ。 でも1番驚いたのは食べ終わった食器を放置して良いこと。 最近でこそ下膳カウンターが設置されてセルフで戻すようになってきたけど、当時は食べ終わったタイミングで食器を残してただ席を立てばよかった。 ホーカー屋台で成功した中国人シェフがシンガポールを去るまでの出来事 一見ラクで良いんだけど、それを回収しているのが貧しそうな高齢者なんだよね。彼らは足を引き摺っていたり何らかの障害を持っている人が多い。だから毎日3食ホーカーで食べるうちになんだかいたたまれなくなってきた。 そこで僕は下膳のおばちゃんのところへ自分で食器を持っていくようにした。偽善者っぽいけど、最低限のいたわりを示したかったんだ。とこ
生活費が高い都市のランキングが毎年話題になる。 その上位にはシンガポールと東京も必ずランクインしていて、どちらにも住んだことがある僕に実際どっちが高いのか尋ねる人が多い。 僕の答えは単純で「人による」だ。 この手のランキングは「外国人駐在員」の生活費を基準に算定されている。だから控えめな庶民たる僕の物価感覚とは違うし、そもそも駐在員という特殊な存在の生活費で都市の物価を測れるのか疑問だ。 例えば東京の場合。欧米系企業の駐在員が多く住む港区や渋谷区のサービスアパートメントの家賃は、狭い物件でも30万円はする。サービスアパートメントというのは水周りを含む室内の清掃やコンシェルジュサービスまで付いた生活フルサポートの賃貸だ。 ぶっちゃけ海外経験のない日本人はサービスアパートメントなんて存在すら知らない人が多いだろう。そんな特殊な場所で暮らす外国人の使うおカネで、東京の物価を測れるはずがない。 そ
新卒そこそこの若い人たちがシンガポールで活躍するのを見るにつけ、もっと早く海外就職に挑戦すれば良かったと後悔する。 20代前半の僕は海外に憧れをいだきながらも具体的な行動を起こせなかった。それはもちろん僕が臆病だからだけど、でも言い訳するなら海外就職した「その後の人生」が見えなかったことがある。 海外就職に成功した人は大抵ブログを始める。 就職活動の方法や実際に働き始めてからのレストラン巡り。ネットをちょっと探せばそんなキラキラした成功例は腐るほど出てくる。 ところがキラキラ海外就職ブログを読み進めていくと、その多くは2年後ぐらいにプッツリと更新が途絶えている。 様々な事情から日本に帰国する選択をしたのだろう。 「帰国したらタダの人」 これは海外現地採用の多くが心の奥底に抱く恐怖心だと思う。 海外に住んでみて本当に生きたい国が日本だと気付いたら、本来はいつでも気軽に帰国すればよい。自分の国
じわりと白みはじめた東の空に抵抗するように、見上げればまだたくさんの星が出ている。 東京郊外。放射冷却でキンキンに冷えた冬の夜明け前。僕は白い息をたなびかせ自転車で駅へ急ぐ。ルーチンから30秒くらい遅れてるけど、いつもの電車に間に合うだろう。 ホームに上がった瞬間に「黄色い線の内側に」アナウンス。セーフ。 朝の6時半。まだ星が出ている時間なのに、蛍光灯に照らされたホームにはコートで着膨れした人達が律儀に並んでいる。間髪入れずに入線した電車にも同じような灰色の人達がぎっちり詰まっている。 ドアが開く。 降りる人は誰もいない。もう既に満員に見えるのに、信じられない人数が次々に車内に押し込まれていく。サラリーマンとは伸縮自在なスポンジなんじゃないかと思う。 まぁ僕もその種族の1人なのだけど。 などと呆気にとられている場合ではない。ドアが閉まるアナウンスと共に、ドア枠に両手をかけてなんとか身体を押
有名なミツバチのお話。 蜜を求めて花から花へと飛び回る働き蜂たち。みんなで一致団結して一生懸命労働に勤しんでるんだろうと思いきや、実はそうではないという。 全体の働き蜂のうち、ワーカホリックに勤勉な蜂は2割だけ。意外なことに、ほとんど働かないサボり蜂が約2割もいる。 じゃあ残りの6割はというと、働きつつサボりつつという正にダラリーマン蜂なんだって。蜂の世界にも僕みたいなスーダラ野郎がいると思うと親近感を覚えるね。 あ、働き蜂はみんな雌か(=^・・^;=) しかも興味深いことに、働き者の2割だけを抜き出してエリート巣を作らせると、その中からもサボる奴が現れて最終的には2:6:2で落ち着くという。同様にサボり組だけを集めても、重い腰上げる奴が現れてやっぱり2:6:2へと回帰していく。 この2:6:2という割合は僕の記憶に深く刻まれた。このバランスには数万年の進化の歴史に裏付けられた、何か重要な
このブログによく登場していただくシンガポール人テニス仲間氏は現在絶賛婚活中。 日本を凌ぐ非婚化。その結果として世界ワーストレベルの超少子高齢化社会であるシンガポールには、政府主導のものも含め多数の出逢い系サービスがある。彼もその1つに登録して、紹介された女性と会っているそう。 それで毎回テニスの度に「目の覚める美女はいたかい?」などと茶化しているんだけど、その後は大抵会ってみた女性の品評会になる。 そういったサービスを利用するくらいだから容姿はまぁお察しとして、彼が毎度ガッカリするのは楽しい会話が出来ないこと。彼自身もどっちかと言えば人見知りで、話しやすいであろう話題を僕が振って始めて会話が盛り上がるようなところがある。それでもそんな彼なりに頑張ってデートを盛り上げようとしているらしい。でも…。 「彼女らは夢中なことが何もないんだ」 彼は結婚相手に「キャラ」を求めている。その人じゃなきゃダ
雇用の流動性が高いシンガポールでは、毎月職場の誰かが辞めていく。 だから去る人をイチイチ気にしてらんない。デスクに見慣れないお菓子が置かれていたら「あぁ、また人が減ったんかぁ」って感じ。 全社員参加の歓送迎会なんてのは、閉鎖的な労働環境でのみ成り立つ「奇祭」だ。 逆に新しい人もバンバン来るので、誰だお前的な名前がわからない同僚がいつも数人いる。入れ替わりの度に業務経験の蓄積がリセットされ、グダグダが常態化している。 生産性が低い日本企業がバタバタ潰れてるけど、効率重視の外資企業も良いことばかりじゃなかった話 そんな職場なので、僕が10日間の休暇から戻ったら中国人の同僚が退職していた。 いつものレイオフではなく、自分の意志での退職。仕事がデキる彼を失うのは職場の大きな損失だ。僕もお世話になったのにお別れを言えなかった…。 などと言っときながら、辞める話を前々から聞いていたのに、そういやすっか
12月は売れ残ったクリスマスケーキ、1月は値引きシールが貼られたおせち料理の具材、2月は投げ売りされる恵方巻。こんなお勤め品を買い占めて冷凍庫にブッ込んでおけば、かなり安く冬を乗り切れるのではないか。 僕の思考はどうしても貧乏な方向に向いてしまう。 頑張って働いて収入を増やすんではなく、できるだけ節約して支出を減らしつつ、できるだけ働きたくない。極端に貧乏なわけでもないのに、より多く稼いで有意義な消費をするような価値観に染まれない。 桃太郎電鉄で言えば、常にボンビーが取り付いているような感じ。 …いや違うな。人生のレースで最下位になって、ボンビーが取り憑くんじゃないかと無駄に不安に駆られる。まぁぶっちゃけすでにほぼ最下位なんだけどね。 今にもそんな不安がキングボンビーになって、ボンビラス星に連れていかれるような恐怖感が常にある。こんなボンビーメンタルでは、挑戦してより良い生活を手に入れる欲
彼と出会ったのは、シンガポールのホステルで管理人をしていた今から6年前。 中国からの留学生で超優秀。地元四川省で100番以内の成績を収め、学費減額を獲得してシンガポール国立大学で建築を学んでいた。語学の才能もあり、四川省方言、標準中国語、広東語、英語に加え、日本語とヒンディー語も喋る。 なんでヒンディー語なの(=^・・^=)? 「下宿の大家さんがインド人だから興味を持った。インドの仏教が面白くてヒンディー語で聖典を読み始めた」 お、おう…。じゃあ日本語は(=^・・^=)? 「日本に留学するため。京都に行って戦国時代にハマった」 これが尋常じゃない。中国からやってきた留学生なのに、シンガポールでも短期留学枠を勝ち取り、留学先のシンガポールから更に日本に留学するという離れ業。再帰処理みたいだ。そして日本語でサクっと必要単位を取り、しれっと帰ってきた。理系で、専攻は建築と設計。 優秀すぎて笑うし
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